イルカの夫の病気は難病の“パーキンソン病”!看病の様子と子供の現在は?

こんにちは!今日もご訪問いただきありがとうございます。

あの有名な歌「なごり雪」の歌手 “イルカ” さんが、「爆報ザ・フライデー」に出演されます。

20年間も公にしてこなかった“夫の病気・パーキンソン病”の介護の苦闘の日々が明らかにされます。

「なごり雪」の清純な恋の描写は、今でも若者の心に響いております。

65歳になった“イルカ”さんは、何を語るのでしょうか?

その前に、イルカさんについて調べて見ました。

<なごり雪>

◆ショーンK関連記事は以下にあります。
ショーンKの11月現在の様子は?「仕事が殺到」しお金もあるとは本当か? 【女性自身】

イルカのwiki風プロフ

 

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◆ 名前:イルカ

◆ 本名:神部としえ(かんべとしえ)

◆ 出生名(旧姓):保坂としえ(ほさかとしえ)

◆ 生年月日:1950年12月3日(65歳)

◆ 出身地:東京都中野区

◆ 身長:150㎝(前後)

◆ 体重:45㎏(約)

◆ 学歴:女子美術大学外業

◆ 職業:フォークシンガー、絵本作家、

◆ ジャンル:フォーク、

◆ 活動期間:1970年~

◆ 家族:夫(神部和夫・没)、長男(神部冬馬・かんべとうま・シンガソングライター)

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◆ 事務所:イルカオフィス

◆ 共同作業者:シュリークス、神部和夫(夫、マネージャー、プロヂューサー)

イルカの名前の由来が面白いですね!

女子美術大学時代にフォークソング同好会に所属していたんですが、
ギターケースを持って帰る姿が「イルカの群れみたい」と言ったのがきっかけでそう命名したそうです。

人はそれぞれの経験があり同じものを見ても想像する“絵”は違っているのですね!

確かにイルカに似ているようにも思えますが、イルカさんにとっては強く印象付けられたのでしょう!

1974年に「あの頃のぼくは」でソロデビューしております。可憐な姿が印象的です。

大ヒットしたのは、翌々年にかけて、かぐや姫のメンバー伊勢正三の作詞・作曲による 「なごり雪」でした。

その時の実績は、オリコンの集計で55万枚近いセールスを記録したのです。
累計売上は80万枚[5]。自身最大のヒットとなったのでした。

2004年には、国際自然保護連合の親善大使、2010年には、女子美術大学客員教授に就任しております。

国際自然保護連合は、1948年に創設された、国際的な自然保護団体なのですね!

イルカさんは、ごあいさつで以下のようの語っております。

「幼い頃から、私は動物や植物そして鉱物達をこよなく愛してきました。きっとその出会いの中であったからでしょう。気がつけば彼らとのふれあいの中で生まれた心を歌に編み、自然と歌うようになっていたのです。2004年夏、IUCN初の親善大使に任命されてから尚一層、歌を通じて地球上の全ての生き物達との架け橋になれたらよいなと心に強く思っています」

「私達は皆、この地球という大きな生きものに住む”細胞同志”なのですから」

イルカの夫の病気はパーキンソン病だった!

 

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イルカ(歌手)の夫は、神部和夫さんです。2007年3月21日に急性腎不全のため亡くなっています。

旦那さんは、約20年間もの間、“パーキンソン病”だったのですね!

イルカ(歌手)と夫・神部和夫は、もともとフォークグループ「シュリークス」のメンバー同士で、
これが縁で1972年にグループ内結婚して夫婦となったのですね。

1974年、夫・神部和夫は、イルカ(歌手)のソロデビューに伴って
マネージャー・プロデューサーに転身しております。

イルカさんの才能を見出し、ソロデビューさせ、
音楽的な方向性を決めたのは神部さんだといわれております。

イルカ(歌手)にとって、神部和夫は、夫であり、長年の仕事上のパートナーでもあったのです。

イルカ(歌手)によると、神部和夫は、亡くなる直前までリハビリに勤しんでいたそうですが、
家族のために生きようとした彼の想いが報われることはありませんでした。

この間は20年間にも及んだのですが、このことを公にしなかったのです。

それは、人に会うことが神部さんのストレスになる状態が、初期の頃から、ずっと続いていたからです。

こんな思いをつづったのが、

「もうひとりのイルカ物語 なごり雪の季節に旅立っていった夫へ」

以下で購入可能です。

パーキンソン病とは?

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主に40歳から50歳以降に発症し、ゆっくりと進行する原因不明の神経変性疾患です。

パーキンソン病の日本での有病率は、人口1,000人当たりに約一人と言われており、
日本全体で10万人以上の患者さんがいると推定され、高齢化社会を迎えるにあたって、
今後ますます患者数は増えると予想されています。

パーキンソン病とは、中脳と大脳の異常によって、さまざまな運動障害や神経障害をきたす難病です。

進行の速度は人それぞれですが、悪化すると、寝たきり状態になったり、
神部和夫のように臓器不全に陥ったりすることもあります。

片側の症状から始まり、他の部分へ進行する特徴があります。
その他に、便秘や立ちくらみ(起立性低血圧)などの自律神経症状、
睡眠障害、気持ちがふさぎこむ(抑うつ)などの精神症状が認められます。

原因は、細胞の減少が起こっている事によってドーパミンが十分な量が作られなくなると、
神経同士の連絡に不具合を生じる事でパーキンソン症状を起こすと考えられていますが、
正確にはわかっておりません!

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イルカの夫の看病の苦難!

イルカ(歌手)によると、神部和夫は、亡くなる直前までリハビリに勤しんでいたそうですが、
家族のために生きようとした彼の想いが報われることはありませんでした。

この間は20年間にも及んだのですが、このことを公にしなかったのです。

「ヒットの裏で介護のため北海道と東京の往復生活! 20年に及ぶ闘病生活をテレビ初激白!」

「爆報!THEフライデー」

で初めて明かすそうですが、どのように表現されるのでしょうか??

神部さんがなくなって49日に当たる日に「送る会」が、
発起人代表の南こうせつをはじめ、森山良子、さだまさし、谷村新司、江原啓之らによって
催されたのですが、350人も集まったそうです。

発起人の1人の森山さんは、

「イルカちゃんは強い女。前向きに頑張っていた。
(神部さんへの)愛情がすごく深かったのがわかりました」

とコメントを寄せたそうですが、歌を通じて自分を盛り上げて支えてくれた今は亡き夫への想いは込み上げてきたようです。

最後にイルカは

「病気というのは不幸なことだけど、おかげで家族がひとつになりました。
たくさん修行をさせてくれました。これから頑張らなきゃ」

と話し

「お父さんも新しい自分の修行を頑張ってください」

と亡き夫・神部さんへメッセージを送ったのです。

天国にいる夫へ、更なる励みの言葉は、そのまま自分への言葉だったように思えます。

“愛” “美” “慕情”の凝縮した言葉だったようです。

この日のために作られたアルバム『風と共に』が配布されたのですが、

手に入らないのが残念です(-_-;)

 

まとめ

数々のヒットを生み出してきた“イルカ”さん!

夫の存在があまりにも大きいことが分かります。

20年間の長きにわたって看病し、“公“にしてこなかった?

思えば、イルカさんは、華やいだ面影がなく、
どこか静かでいつも落ち着いた雰囲気の女性に見受けておりましたが、
こんな背景があったのかと、今度こそはわかるかもしれませんね!

夫への愛が、歌詞のところどころに現れているのですから・・・

“改めて噛みしめて歌を聴くことにしましょう!”

と誓う一青年でした。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

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