舛添都知事に引導を渡したのは安倍首相だった!?内田幹事長の言葉の威力は?

こんにちは。今日もご訪問いただきありがとうございます。

6月16日の“ひるおび”が、舛添知事の公私混同と辞任劇の総括をされました。

ひるおびー1

大変含蓄に富んでおりますしたので共有しましょう!

関連記事は以下を参照ください。

⇒舛添要一知事に週刊文春砲ww公用車、海外出張、収支報告書に疑惑、批判噴出!

⇒舛添知事への辞任の声高し!都民・著名人の声を集めた!

⇒舛添知事の逮捕・辞任近し!妻は?子どもの学校は?【週刊文春第三弾】

⇒舛添要一知事の子どもの年齢、学校が判明!いじめが心配! 家族は守れるか?

⇒舛添都知事は9月に辞任する!著した本は“ウソ”で矛盾だらけ!都民の怒りとは?

⇒【週刊文春】舛添要一、「母介護の大ウソ!」と「骨肉の銭ゲバ闘争」「恫喝文書」が流出

⇒舛添要一知事 調査報告し続投表明!別荘売却、返金は寄付!都民納得しない!

         目    次

【① 舛添知事が辞職を決断したのはいつか?】

【② なぜこのようの問題が大きくなったか?】

【③ 862日の任期中に知事は何をしたのか?】

【④ まとめ】

今回はこの4点について紹介いたしたく思います。

舛添知事が辞職を決断したのはいつか?

「不信任案を可決したら、“辞職”か“都議会解散”」の選択しかない!と脅しともとれる言葉を吐き、最後まで辞任を拒んでいた舛添知事だったが、急遽“辞任”を決断せざるを得なかったのには訳があった。

スポーツ紙では、「舛添 涙の脅迫」という見出しまで踊ったのです。

㋅15日の午後11時11分の出来事でした。車で都庁去ったのにすぐに帰ってきたのです。

即ち呼び戻されたたと言うのです。

都議会の河合議長と(前に“辞職”を促したが、知事は“断っていた”のですが。)

河合議長
内田幹事長(自民党都連)に呼び戻されていたのです。

「与党の都議に、貴方の不信任案に賛成という判断をさせるんですか?」
と迫り、

内田幹事長

【自ら身を引くようにと説得】

どうも内田幹事長の言動が大きかったようです。

内田茂幹事長は、
・都議を7期務め、都議会議長も経験され、
・“自民党東京議員団の司令塔”と言われております。
会長は、石原伸晃さんですが、自民党の中心にいる方なのです。

重要な決定は相談せざるを得ないという存在だそうです。

昨日の朝(15日)には、
安倍総理が直接舛添知事に電話をしたようです。

「いま退けば再起の芽はあるかもしれないから」

田崎さんは、「総理はこんな電話はしないでしょう?」

との意見でした。

自民党総裁特別補佐官・下村博文さんから総理に

「舛添知事が辞職の意向を示した」

と電話があり

総理は、「早く終わってよかった」とねぎらいの言葉を口にしたのでした。

このように官邸を巻き込んでいたのです。

なぜこのようの問題が大きくなったか?

舛添知事は、当初は強気であった!

<片山義博・前鳥取県知事>
片山
「“高額海外出張費”初動の対応が問題」
出張費はちょっと高すぎると思った。→誰にも相談しないで、強気の答弁をした。
「香港のトップが二流のビジネスホテルに泊まりますか?恥ずかしいでしょう!」
「いずれも、家族で利用した宿泊設備の部屋で、事務所関係者らと会議しております。」

<田崎史郎さん(時事通信社特別解説委員)>

田崎
「毎週金曜日の定例会見が元凶だった」

【一つ一つの問題は大きくないけど対応の仕方で問題が拡大した。】
定例会見で、マスコミに材料を提供してしまった。

<佐々木信夫さん(都庁に16年間勤務・中央大学教授)>

佐々木
「13日の金曜日がポイント」

<浅野史郎さん(前宮城県知事)>

浅野
「火事は最初の5分が大事」(選挙は最後の5分!)

最初はボヤだった。舛添さんは、水じゃなく油をかけたのです。
“謝ること”が大切なのです。

<その後の都議の反応は?>

百条委員会の開催動議は、否決されたのです。

◆都のお金の使い方に疑惑が残る中、解明されないままになってしまう。→知事になる前のことに関してやるならば、皆さんが司法の場でやればいい!(自民党:鈴木隆道都議、)

◆もうこれで今日の表明で終わりですか?→はい!そういうことです。(々)

◆大変重い辞職をしたので、これ以上の集中審議は困難である(自民党:加藤雅之総務委員長)

◆疑惑解明はしっかりやっていかないといけない。(尾崎大介:民進党幹事長)

◆打ち首より名誉ある切腹の方がいいでしょう。そう思って許してあげましょう(自民党:野村有信都議)

「許す、許せないの問題ではないはずです。」(八代解説者)

「舛添知事は、自分には“非”はないと思っているので自分から辞めるつもりはなかったのです。」
「辞任することは“非”を認めたことになる」と考えたでしょう!

内田さんは、「“これまで自分たちは守ろうとしてきた。しかし、この段階にきて守れなくなった。”」

さらに、「都政の70年の歴史の中で不信任が出されたことはない!このような汚点を作らない方が良い。都政にも知事にもよくない。」

という説得があったものと推定されるのです。

スポンサーリンク

862日の任期中に知事は何をしたのか?

知事の最後のあいさつでは、
「東京を世界一の年にするため、」私なりに全力を尽くしてまいりました。」

・少子高齢化の流れで、保育施設の充実の一定の成果。
・地域包括システム構築取り組みに一定の成果。(高齢者のために、家、医療、介護などが提供されるサービス)

・・・と言っていたが、視察回数は0回。

地域包括システムも、前の知事時代から行っていた政策です。

強いて言うなら、“東京防災”を作成したことでしょうか?
これは、都民全員に配るだけではなく、他県にも配った(有料)

<最後のあいさつの評価は?>

「本音じゃなく不本意」です。(田崎さん)

「最後まで“空回り”」(片山さん)

「やっと、舛添さんが都政への障害だとわかってくれた・・」(浅野さん)

立候補の時の言葉は、
「世界一の福祉都市・東京づくり」だが“福祉”が抜けているのです。
以下に全文を示します。

<挨拶全文>
「発言をお許しいただき、ありがとうございます。私自身、都議会における最後の発言となりますので、少しお時間を頂戴いただければと思います。

平成26年2月に都知事に就任しまして以来、東京を世界一の都市とするため、私なりに全力を尽くしてまいりました。

誰もが人生の豊かさを実感できる都市にしたい。少子高齢化の流れの中で、保育施設の充実や、地域包括ケアシステムの構築に取り組み、一定の成果もあったのではないかと思っております。自然災害の脅威に対しましては、特に「東京防災」が好評をいただき、ありがたいことでございました。そして、2020年の東京オリンピック・パラリンピック大会成功のため、全身全霊、取り組んできたつもりでございます。

今回、私自身の問題によりまして、都民の皆様からいただきました4年間という任期の途中で、このような形となり、反省と心残りの念は尽きませんが、全て自らの不徳の致すところであります。私が最も懸念いたしましたのは、オリンピック・パラリンピック大会への影響であります。リオデジャネイロ大会を控える中での選挙は、次期開催都市としてふさわしくないと考えました。そして、4年後の東京大会も同様であります。この事態を避けたいと思いました。

しかし、これ以上、都政の停滞を長引かせることは私にとっても耐えがたいことでございます。従いまして、私が身を引くことが一番だと考えるに至り、都知事の職を辞す決意をいたしました。

2年4カ月という短い期間ではございましたが、皆様には私の至らぬ都政運営を支援し、支えていただき、感謝をしております。これからは一都民、一国民として、オリンピック・パラリンピック東京大会の成功、東京都の益々の発展を心から祈っております。

以上をもちまして、私の東京都知事としてのご挨拶を終えたいと思います。ご清聴いただき、誠にありがとうございました。

まとめ

皆さんのコメントは厳しいものがありましたが、もともと、舛添知事は、その前から背伸びした人生を送ってきたようです。

数々の著書に、現れております。事実と違うことを著し、厚生大臣まで上り詰めます。
人気も上昇し“首相にしたい人”では第一人者になりました。

全てが今わかりましたが、全ては【虚構】だったのですね!

このまま進むかどうかは、自分の選択に任せるとしても、世の中の目はごまかせないことをしるべきではないでしょうか?

ここで、心配なのは、それを“気づかせる”人がいないことでしょう!

先が思いやられます!

最後までお読みいただきありがとうございます。

【関連記事はコチラ!】

【記事1】 ⇒横粂勝仁氏が参院出馬!性格とwiki風プロフは?経歴と嫁、子どもが気になる?

【記事2】 ⇒小泉純一郎 アメリカで涙の理由!福島原発のトモダチ作戦参加兵士の心とは?

【記事3】 ⇒【衝撃】田野岡大和君・児童置き去り事件!父親・母・妹の嘘が怪しい!職業・勤務先は?

【記事4】 ⇒【週刊文春】舛添要一、「母介護の大ウソ!」と「骨肉の銭ゲバ闘争」。「恫喝文書」が流出

【記事5】 ⇒横粂勝仁氏が参院出馬!性格とwiki風プロフは?経歴と嫁、子どもが気になる?

【記事6】 ⇒小泉純一郎 アメリカで涙の理由!福島原発のトモダチ作戦参加兵士の心とは?

スポンサーリンク

マイクのおもしろ情報・関連広告