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6月9日号の週刊文春は、舛添要一東京都知事は、実の母、ユキノさんの介護をめぐり、
「姪が怒りの告発」「母介護の大ウソと骨肉の銭ゲバ闘争」
と題して、実姉に送った“恫喝文書”を公表しました。
さんざん、その金銭感覚の“ズレ“を指摘されて、平身低頭議会でも謝罪しておりましたが、”ここまでやるのか!”と言う内容です。
早速、迫ってみましょう。
舛添関連記事は以下です。
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⇒舛添知事の逮捕・辞任近し!妻は?子どもの学校は?【週刊文春第三弾】
目 次
【① 舛添要一の母の介護は本当か?】
【② 舛添要一の“恫喝文書”とは?】
【③ 舛添要一の銭ゲバ闘争とは?】
【④ 長姉夫妻との関係の行く末は?】
【⑤ まとめ】
今回はこの5点について紹介いたしたく思います。
舛添要一の母の介護は本当か?

舛添氏は、長年、母親と長姉一家と同居しておりました。
父を早くに亡くし、長姉は11歳年下の舛添氏の面倒をわが子のように見てきたそうです。
舛添氏は上に4人の姉がおり、末っ子で長男です。姪の春香さんは長女の子供に当たります。
「食事の世話は勿論、大学まで進学させたのも母です。自慢の弟だったと言います。」
1996年母・ユキノさんが、自宅の段差に躓き、転倒し、以前からの認知症も重なり、介護施設へはいることになったそうです。
この時点で、舛添氏は母の介護に特段興味を示すことはなかったそうです。
「仕事の都合で、1時間も滞在すれば、長い方だったようで、母は、舛添氏の顔が分からないことも良くあった。」
と言っております。
1997年、突然にテレビ報道番具も『サンデープロジェクト』で取材したいと言ってきたそうです。
急なことで、話も聞かされていなかったので、空気を察知したスタッフが、
「放映してはいけませんでしょうか」と電話があり、「私は反対です!」
と言うと、舛添氏から、
「放映中止されたら損害賠償を求める。」脅かされたのです。
「マスコミに出せる様な母親ではない。」と存在を隠してきていたそうです。
舛添氏は、認知症になったとたんに、テレビに出してるようしようとしたのが許せなかった。と言うのです。
近隣住民は、舛添氏の介護に従事する姿は殆ど目撃されていないのです。
「舛添さんは、たまに八幡に来たと思ったら、カメラマンを連れてきて、お母さんを車椅子に載せて散歩しているところを映していた。」と述べるのでした。
理事長談では、
「著した本は、小説のようなもので、オーバーに書かれており、題名煮るようにオムツを舛添さんが当てたことは一度もありません。全部職員がやりますから・・。」

舛添要一の“恫喝文書”とは?
母、ユキノさん名義の定期預金をめぐるトラブルを起こし、舛添氏は、
「そのカネを返せ。そうしないと動けないようにするぞ」
と脅迫めいた電話をかけてきたそうです。
同時に、舛添氏は、長姉夫妻、姪・春香さんの三人に「警告書」や「告訴準備書面」と題した書面を数回に分けて送りつけてきたそうです。
その内容は、肉親に宛てたもの太は到底思えない内容でした。
<警告書>
「(長)姉夫妻は。病身で、吐血し、十二指腸潰瘍を併発し、療養中の舛添ユキノに対して、罵声を浴びせかけ、恫喝により恐怖のどん底に陥れ、病状を悪化させたことは、人間失格ともいえる行為であり、絶対に許すことはできない。
さらに、舛添要一、三姉(実名)の指定に押し掛け、暴行ないし暴行未遂を繰り返し、金品を強要するにあっては、法治国家である日本においては、刑罰の対象となる事は言うまでもない。」
とこれはこれは、「大ウソもいいところです」と春香さんは言うのです。
恐怖を感じ、弁護士さんに一任したそうです。
近隣の人々も、理事長さんも
「お姉さん夫婦がお母さんを虐待や罵倒なんてことは一切なかったです。」
と述べております。
舛添氏は、この騒動の直後に、母親の介護体験を綴った『母に襁褓をあてるとき――介護闘いの日々』を上梓し、介護問題の論客としての地位を築き、2007年には厚労大臣に就任している。
舛添要一の銭ゲバ闘争とは?
先の警告書の中で、長姉夫妻と遥さん大して誓約書を書くように迫っているそうです。
① 舛添ユキノと親子の舛添要一、次姉、三姉と兄弟姉妹の縁を切る。
② 介護をはじめ、あらゆる件につき、舛添ユキノ、舛添要一、次姉、三姉に一切かかわらない。
③ ④⑤省略。
一方的に絶縁を迫る内容で、これらの項目が履行されないと、刑事告訴だけでなく、損害賠償請求まで起こすという”銭ゲバ闘争”もしかけているのです。
舛添氏からの一連の”恫喝文書”の送付は、長姉夫妻が弁護士を通して、
三百万円の定期預金の通帳を渡した途端、ピタリと止んだそうです。
長姉夫妻との関係の行く末は?
舛添氏と長姉夫妻との関係は修復されることはなく、孤立させられているのです。
「2000年の祖母がなくなった時も連絡は一切なく、葬儀にも呼ばれなかったそうです。両親は『諦めるしかない』と話していたと春香さんが言うのです。
長姉も夫も亡くなり、直前には、「私には兄妹はいない。一人なんだ。要一たちには絶対しらせないで。」と言い残して逝きました。
そんな状態でも、最後まで舛添氏のことを心配していたそうです。
「叔父は厚生大臣になったとき、母は、『要一は、人間関係が上手く築けないから大丈夫か』と心配していました。ただ最後には『これまでのウソが暴かれる前に、自分から身を引いたほうがいいのに。遅かれ早かれ、いつか自滅するときがくる。』と言う言葉を遺しています。」
と語るのでした。
まとめ
きしくも、姉の”予言”はまさに現実のものとなりつつあるのは、避けられそうにないようです。
仮面の大臣とでも言いましょうか?人間だれでも”欠点”はどこかにある物ですが、これほど暴かれた人も少ないと思います。
もし暴かれなかったら、と考えると恐ろしく感じると同時に
”正義は常にかつ”は空言のようになってしましますよね!
最後までお読みいただきありがとうございます。
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