石崎芳行(東京電力副社長)が経歴逆手の女性問題で辞職!お相手が特定?【文春砲】

こんにちは!今日もご訪問いただきありがとうございます。

「内容全文、興味本意で読んだけど…圧倒的に、女性が怖い!

石崎芳行氏がストーカーっていうのもわかるような・・・」

東京電力ホールディングスの元副社長・石崎芳行氏が、3月28日に東電に辞表を出し、

同月31日付で退職した理由について、その影に女性問題があると、本人が懺悔し、告白したのです。

まだ65歳の若さで、公私混同(女性問題)で東電を退社に追い込まれたのです。

2人は男女の仲になったが、関係がこじれ、5000万円の損害賠償を要求されており、

現在は弁護をつけて闘う意向を示しているという。

果たして何が起こったのでしょうか?

石崎氏のプロフィールと、恐喝まがいのいきさつについて迫ってみました。

相手も特定されておりますのでその情報も記載しております。

石崎芳行(東京電力副社長)の女性問題で辞職!

「この半年間、悩み続けてきました。恐怖で眠れないときもありました。

どうしたら死ねるかという考えも頭をよぎりました。

ただ文春から取材の連絡が来た時に決心しました。

もう洗いざらいお話しようと。そのために昨日、会社に退職願を提出しました。

会社や家族、被災地の方々にご迷惑をかけてしまい、

本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。」

と、東京電力ホールディングス元副社長の石崎好之氏なのです。

以下の状況は、箇条書きにまとめて見ました。

石崎氏との出会いは?

◆ 石崎副社長は、家族を東京に残し単身赴任で福島に社宅に住んでいました。(福島担当特別顧問)

◆ 3月初旬に、「文春」に不倫情報が舞い込んだのです、相手は福島県内に住む

被災者のA子さん。

◆ A子さんは、50代の独身で被災地支援の活動を精力的に行う活動家です。

◆ 「日本復興の光大賞」を受賞した。

◆ 石崎氏との出会いは、2015年7月だった。

◆ しばらくすると、石崎氏から頻繁にメールか来るようになり、次第にハートマークやキスマークの絵文字が散見された。

石崎氏による告白と逢瀬は?

◆ 翌年の2016年2月、初めて二人で食事をし、同年4月には肉体関係まで発展した。

◆ 「私は合意していません。」『やめてくだし』『私は被災者、あなたは加害者の代表ですよ!覚悟はあるんですか?』と抵抗したが、最後は力で叶いませんでした。」

◆ その後は1回/月程度の逢瀬を重ねたのです。

石崎氏との連絡不通に?

◆ その1年半後の17年夏、急に石崎氏の連絡が途絶え、

「『個人的なお付き合いは致さないと心に誓いましたことにした』と一方的に連絡があった。」とのことでした。

◆ 「私は利用されただけなのか?誠意のない対応に石崎氏だけではなく東電にも怒りが込み上げてきた」というのです。

石崎氏と和解交渉は?

◆ 17年暮れから、お互いが弁護士をたて和解交渉をスタートさせたのです。

◆ A子さんの活動の同調し、資金の援助などを行い紆余曲折はありましたが、

決定的なのは、A子さんは“風呂上りなどの証拠写真を撮っていたこと”

A子さんの脅しは?

◆ 2016年4月10日、A子さんの福島にある事務所で初めて不適切な関係を持った際も、

A子さんは先ほどのように「合意はない」と主張しますが、

石崎芳行氏は『合意でない』というのは有り得ませんと主張しており、食い違いもあります。

さらに、その約1週間後にも、関係を持つと、その時にA子さんは証拠となる写真を隠し撮りし、

しまいには関係が悪化すると、その写真を石崎芳行氏に送りつけ、弱みを握ってきたと言います。

さらに、A子さんの行動はエスカレート。石崎芳行氏の住む社宅の写真を送り付けたりと、ストーカー行為を働くことも。

◆ “私には文春もフライデーもバックに付いている”

12月8日には、“5000万円で出港をストップかけます”

“あなただけではなく、東京電力、ご家族、ご親戚、子孫の代まで汚名を負わせること、

未来永劫を考えたらお安いお値段だと思います。”

と恐喝がいの行動に出たのです。

以上が経緯になり、石崎氏の最初の下りとなり、全てが文春に暴露されたのです。

石崎氏はまだ65歳という若さです。公私混同の災難は、二人だけの問題にとどまらず、

被災者を愚弄した騒動となったのです。

石崎芳行(東京電力副社長)の女性問題のお相手が特定?

石崎氏のお相手は50代の独身女性A子さん。

彼女は福島や東京を拠点に、被災地支援の活動を精力的に行う運動家でもある。

A子さんが主宰する団体の活動はマスコミに度々取り上げられ、

震災復興に尽力したとして、「日本復興の光大賞」を受賞したこともある。

◆ 年齢:50代の独身女性
◆ 職業:被災地支援の活動を精力的に行う運動家
◆ 団体:主宰する震災復興を主な活動とする団体は、その活動をマスコミに度々取り上げられ、
「日本復興の光大賞」を受賞したこともある。

この条件で調べてみると、2015年「日本復興の光大賞」に、南相馬市の「ベテランママの会」が輝いていることが判明。

「ベテランママの会」は南相馬市立総合病院の坪倉正治医師らの協力を受け、

住民に放射能についての正しい知識を伝える勉強会を80回開催。

放射線の影響を紹介する小冊子を英語版も含めて計4万部発行するなど、

精力的な活動は、マスコミにも取り上げられている。

ベテランママの会は?

ホームページアあります⇒コチラです。

福島民報のホームページ⇒コチラです。

これらのページに葉、代表の画像がいくつもあります。

明々白々ですよね!番場さち子さんです。

◆ 名前:番場さち子(ばんば さちこ)

◆ 生年月日:1961年

◆ 年齢:57歳(2018年4月時点)

◆ 出身:福島県原町市(元南相馬市・東日本大震災の被災者)

石崎芳行のwiki風プロフ

◆ 名前:石崎芳行(いしざきよしゆき)

◆ 生年月日:1953年8月8日(65歳)

◆ 出身地:東京都

◆ 学歴:都立新宿高等学校卒業、慶應義塾大学法学部卒業。

◆ 職業:元「東京電力ホールディングス」副社長、東京電力福島担当特別顧問(広報部長や福島第二原子力発電所の所長歴任)

◆ 趣味:合気道

広報部長や福島第二原子力発電所の所長を歴任。

福島第一原子力発電所事故に関する損害賠償や除染の迅速化を目的として2013年1月1日に発足した、

同社の福島復興本社の代表を務めた。

石崎芳行氏の経歴

• 1953年8月8日 東京都に生まれる。
• 1972年3月 – 都立新宿高等学校卒業。
• 1977年3月 – 慶應義塾大学法学部卒業。
• 1977年4月 – 東京電力に入社。
• 1997年7月 – 動力炉・核燃料開発事業団(現 日本原子力研究開発機構)に出向。
• 2001年7月 – 広報部に配属。
• 2004年6月 – 広報部長に就任。
• 2007年6月 – 執行役員原子力・立地本部福島第二原子力発電所長に就任。
• 2010年6月 – 執行役員原子力・立地本部副本部長兼立地地域部長に就任。
• 2011年6月 – 福島原子力被災者支援対策本部副本部長を兼任。
• 2012年6月 – 常務執行役に就任。
• 2012年11月 – 代表執行役副社長に就任。
• 2013年1月 – 福島復興本社代表に就任。
• 2017年6月 – 福島担当特別顧問に就任。
• 2018年3月 – 福島担当特別顧問を退任。

まとめ

いかがでしたか?

65歳の若さで東電を退社に追い込まれました。

公私混同の怖さを見せつけられたようです。

相手の女性は、公的な場所に多く出席しており、負った傷は大きいと思います。

お金が目当てにしては、稚拙なやり方だったとのそしりは避けられませんね!

についてまとめました。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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