香取慎吾が欽ちゃんと“敵陣”週刊文春で対談!SMAPの内側は?【週刊文春】

こんにちは!今日もご訪問いただきありがとうございます。

香取慎吾さんにとって、欽ちゃんは“芸能界の父”的存在なのです。

新SMAPとして三人で“新しい地図”を立ち上げ動き出しました。

SMAPの最年少の慎吾さんが、SMAPの内側から見た話しを

どのように語るのでしょうか?

SMAPの内側や教えられたことや欽ちゃんのエールを知ることは、

大変有意義なことです。

一部では、香取慎吾の”敵陣・週刊文春”に赴くとは?

と、怪訝な印象を語るファンもおります。

早速、迫ってみました。

関連記事は以下にもあります。

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香取慎吾さんと欽ちゃんの対談は?

https://twitter.com/31031968/status/945581076977664006

2017年も押し迫った、12月の某日、香取慎吾と欽ちゃんが対談しました。

週刊文春に赴くこと自体が、画期的ですが、それは別の機会に譲り、

ここでは、初めて明かす「あの時」の葛藤と「これから」の希望と言うもに

焦点を当てます。

箇条書きに記します。

◆ 編集部の方は、慎吾さんに「感慨深いです」と感動した。

◆ 真吾が37歳の時、欽ちやんは「俺がテレビで一番輝いていた時が37歳だった」と言った。

◆ 真吾さんがジャニーズ事務所に入った時は、10歳の時だった!

「自分が何しているかわかっていなかった!」「学校より楽しかったから来ている」

◆ “嫌なことは?”「夜遅かったり、お腹がすいたぐらいかな?」「学校に行きたいなァ」

◆ “自分が有名人とは?“「14歳で、一番下でCDデビューした時?」

「文化祭で、中学校に行ったらファンが集まっていて大騒ぎになった!先生の車で家に帰った!」

◆ 20歳の頃、整理をしていたら中学3年生の通信簿が出てきた。

「ドキドキしながら見たら“オール1”だった。先生のコメント欄には

“お仕事頑張ってください”とあった。」

先生の言葉がうれしくて、「ああ、仕事頑張ろう」って改めて思った。

◆ その通信簿をTシャツにプリントして、スタッフに配った!

◆ 最年少の、自分から見て、メンバーはお兄さんのイメージだった。

◆ 嫌なことがあれば、「ふっざけんな!」と率直に言えるような関係だった。

末っ子の気楽さでしょうか?

◆ 会話という会話はあまりなくて、自分のことで精いっぱいだった。

◆ 「僕らの関係は、とても不思議で、中学校の頃は学校の延長だったのが、

ちょっと年齢を重ねると、お互いを意識して会話をしなくなり、

またしばらく経つと気づいたらしゃべるようになっているという繰り返しでした。」

◆ 僕は、欽ちゃんよりは過去を振り返らないかもしれない。

◆ 草彅剛さんは、僕(慎吾)よりも不安や心配がないやつなんですよ!

◆ 草彅さんは、お酒を飲めない時期が五年間ぐらいあった。でも、最近はたまに飲みますよ!

◆ 草彅は、お酒を飲むと急に泣いたり、「ごめん慎吾。俺を殴れ!」と言ってくるタイプなんです。

◆ 今回、新しいことを始めるにあたって、三人で長い時間話し合った。30年間で初めてだった。

◆ お互いが知らないことがいっぱいあった。

・草彅が今どんな車に乗っているか?
・稲垣は家でご飯を自分で作る。

◆ 僕は、小学生からこの世界にいるじゃないですか。で、今回、いろんなところで

「香取は引退するのか」と言われたんですけど、それはないですよね!

◆ “ショックだったか?“には、僕の生きてきた場所はここしかないのだから

それなのに「引退か?!」って。いやいや勝手に引退にしないくださいよ!」

◆ 僕の方から彼らに「一緒にやろうぜ」とは言ってなく、

「あの人」と一緒に仕事していきたいという僕の思いが、

あの二人にも同じように強くあった。

三人の思う場所が一緒だったから、「じゃ一緒にやろう」となったのです。

◆ “何かをしたいという気持ちは?”には、この世界でたくさんの経験したが、

まだまだ未経験のことが山ほどある。そういう新しい経験をしていきたいのです。

◆ なんか、壁がなくなって、日本中が友達になっちゃった。

「慎吾ちゃん!ナントカ町のお祭りに来てくんないかな?」なんてことが起こるかも(笑)

◆ “香取さんにとって欽ちゃんはというのは?”については、

欽ちゃんは子供だった時、「考えるな、突き進め」って言ってくれて、

その衝撃が大きくて、その後もその教えのお陰で何んとか受けるようになってきたのです。

◆ 「その時に教えられたのが、テレビでは何の考えもなく発せられる言葉がいっぱいある。」

◆ “2018年はどんな年にしたいの?”には、「これまでは「新しい地図」も

準備期間だったので、 これからが本当のスタートです。

絵も描いていきます。

◆ 欽ちゃんは、「これからは慎吾を作るんだからさ。過去を振り返っちゃダメ!」

「慎吾の惚れている人が増えれば増えるほど、

周りが一生懸命、いいものを作ろうとしてくれるから。」 と、欽ちゃんがいうのです。

◆ 欽ちゃんの願いは?

「55号で始まったから、55号で終わりたい?」

「後は、どんなお墓を作ろうかな?

大学の同級生の実家のお寺にね、俺の記念館を作らせてもらうんだ。

“飛びます飛びます”って格好をしている石碑を建てて。

その脇には、小堺一機と関根勤が、道元禅師と蛍山禅師の『一仏両祖』みたいに控えてさ、

こういう人たちと時代を作ってきましたってね。

それで参拝に来てくれたファンに人たちには名前を書いてもらって、

それの囲まれるって嬉しくない?寺の骨を埋めるんじゃなくて、

その人の歴史を埋めるんだ。

◆ 「とにかく、皆が気軽にお寺に来るようになったらいいな、と思ってさ。

来たら、みんな何かを考えるでしょ。」と欽ちゃんは語ったのです。

「これから真吾にとって大事なのは、

例えば、そうやって囲んでくれる人を増やしていくことだと思うんだよ。

その人の輪の中で、ドンドン世界を広げていってほしい。」

と、欽ちゃんはエールを送ったのです。

対談を終えた欽ちゃんの感想が印象的です。

「最初にマネージャーから、慎吾が対談のオファーを受けたと聞かされたときは、思わず、

“本当に受けたの!?”と、のけぞったよ。

だから、当日、文春の本社でニコニコしている慎吾を見たときは、僕も嬉しくてさ、

慎吾が編集者に“感慨深いです”って言われたって話には、思わず吹いたね(笑)

対談を終えて、これから慎吾を支えてくれる人がいっぱい出てくるだろうな、と思った。

ぼくは今回、読んだ人がみんな、慎吾の見方になってくれるような

対談にしたいと思って臨んだ。

少なくとも、文春は味方になったはずだけど(笑)、

皆さんもそうなってくれたら、こんなに嬉しいことはないね!(萩本欽一)」

と結んだのでした。

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ネットの皆さんは?

◆ 「文春の欽ちゃんとの対談はいい記事だった。欽ちゃんが知っている香取慎吾が知れたし、

欽ちゃんが覚えてない慎吾へのアドバイスも知れた。対談を終えて欽ちゃんの言葉が優しく泣けた。

欽ちゃんが呼んでくれたのならきっと何処へでも行くよね。正面から堂々と。

やっぱ香取慎吾は凄いよ うん」

◆ 文春に対して皆様々な葛藤があり、それは勿論自分も同じで、

きっとこれからも週刊誌を信用することはなくて。

ただ、ネットの出来ない環境や立場の年輩の香取慎吾ファンが、

今回の記事を嬉しそうに感慨深げに読み購入した、というお話を知れただけで、

欽ちゃんとの対談の価値はあったのだと思った。

◆ 【SMAP解散から約1年。香取慎吾(40)が「週刊文春」に初登場した。

芸能界の父と慕う“欽ちゃん”こと萩本欽一(76)からの誘いを受けて対談が実現。

今回「新しい地図」を立ち上げるにあたって香取は、稲垣吾郎と草なぎ剛の3人で話し合ったという】

LINEの有料課金で読めます!

◆ 対談終えて 僕は今回、読んだ人がみんな慎吾の見方になってくれるような対談にしたいと思って臨んだ。

少なくとも文春は見方になったはずだけど(笑) by 萩本欽一 凄くあたたかな対談でしたね

ありがとう欽ちゃん

まとめ

いかでしたか?

欽ちゃんの“香取慎吾”さんへの愛を感じましたね!

ネットの皆さんも感動しておりました。

◆ SMAPの最年少の香取慎吾さんは、10歳からメンバーの一員になった・

◆ 最年少ゆえメンバーの中では“自由に発言”できた

◆ 新SMAPの三人は“ある人”と一緒にやることに同じ思いだった。

◆ 欽ちゃんは、慎吾さんに“父”的存在なのだ

◆ 欽ちゃんは、慎吾さんの周りに人が集まることを熱望している。

◆ “対談を終えて”では、「読んだ人がみんな、慎吾の見方」になる?

についてまとめました。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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