富岡長子(富岡八幡宮)の経歴は?週刊実話が予言していた意外な事実とは?

こんにちは!今日もご訪問いただきありがとうございます。

12月7日午後6時半ころ、富岡八幡宮の宮司・富岡長子さんが、弟の富岡茂永氏と、

妻の真理子に襲われて殺害されました。

凶器とみられる折れた日本刀1本、サバイバルナイフなどの刃物3本が

事件現場で見つかっており、弟の茂永は長子さんに対し強い殺意を持ち、

複数の刃物を準備していたとみられる。

長子さんが運転手の男性と車で帰ったところ、茂永と一緒にいた真理子に切りつけられ、

長子さんは死亡、運転手の男性は重傷を負った。

長子さんは首の後ろに裂傷があったほか、右胸に深い刺し傷があり、

強い力で刺されたとみられる。

襲撃直後、茂永は真理子の腹などを刺して殺害し、

自身の胸と腹を刺して自殺するという、神社らしからぬ前代未聞の血なまぐさい事件。

しかし、富岡八幡宮には神社本庁から離脱するなど、

女性宮司富岡長子さんにはキナ臭い噂があり、2015年に週刊実話がトラブルを報道、

事件を予告していたと話題になっている。

調べて見ると、意外にも死亡した長子さんには、醜聞が絶えず、

また殺人者の茂永氏にも、若い頃からの醜聞が多く、

宮司を罷免されていたことが分かりました。

さらに、殺害された当日に葉、長子さんがブログを更新し、

悲痛な叫びをあげていたのです。

早速、迫ってみました。

関連記事は以下にもあります。

富岡長子(宮司)は天皇を冒涜し、富岡茂永(犯人)は遊び人だった?の記事はコチラ

スポンサーリンク

富永長子宮司(死亡)の醜聞は?

長女の長子さんの父・富岡興永宮司は、自分が勤務していた

富岡八幡宮の借地権(土地の一部)120坪を、富岡八幡宮より搾取していたのです。

そして、長女の長子さんとその妹に相続させていた事が

神社本庁及び神社界で問題視されていた。

このことは、親子による計画的な詐欺事件なのです。

事件の遠因はこのころから燻っていたという事なのです。

神社本庁から離脱し、女性宮司誕生させますが、後継ぎを巡って、

弟と姉の間には確執が生まれ、解決できずにくすぶっていたのです。

結局、弟を退職金を1億2千万円を与えたクビにしてしまったのです。

スポンサーリンク

富岡長子宮司(死亡)さんのブログは?

 

殺害された当日に、長子さんは公式ブログを更新し、

“世の中間違ってやしませんか?”と題し、

一部神社神主のセクハラやパワハラを訴えていたのです。

「一部の神社の神主には、セクハラ、パワハラ、ネグレクト、

嫌がらせ……が当たり前のように、横行しているのです。」

「ムーンがお仕置きするのも時間の問題ですね!次回同じことがあったら、

実名を公表します。」

と、何とも思わせぶりなことを表現していたのです。

神聖な神主の仲間の中にこんなふしだらなことが横行しているとは驚きですね!

画像を見ると“ムーンがお仕置き”とは、暗に“神様”のたとえのようです。

その数時間後に自信が殺害されたのは、皮肉なことです。

銭まみれの争いの果てか?神社といえども運営するのは人間です!

利権問題は根が深いようなのです。

スポンサーリンク

富岡長子の豪邸は?

富岡八幡宮の敷地内に、神社本庁に許可を取らずに、

400平米もある豪邸があるそうで、1億2千万円相当だそうです。

長子さん一人で住んでいるようで、社宅と定義しているようです。

さらに、

「先代が神社本庁に宮司任命を出すも長年許可が下りない状況にも関わらず、

勝手に境内に建立した石碑に自信の名前で『宮司』と書き込んだ」

というもので、いわゆる「経歴詐称」をどうどうとやってのけたのです。

一般的には、神社宮司は世襲が多く、富岡八幡宮も同様でやっぱり血縁で引き継いで

以降としていたのですね!

しかし、正式には、富岡八幡宮には、先代の富岡興永氏以降、宮司が不在のままなのです。

スポンサーリンク

富岡茂永氏(犯人)は遊び人でトラブルの原因は?

茂永氏は、長子さんの2つ下なので、現在は56歳になります。

学生時代から女癖も悪く、遊び人でトラブルも多く、

平成13年に宮司に就任した跡継ぎの富岡茂永容疑者が

女性問題で宮司を解任させられたのです。

父親が息子に跡を継がせれば何も問題はなかったのですが、

しばらくは父親の興永さんが宮司を続けていたのですが、

相応しい人物がいなかったので、再度宮司になったのです。

平成14年には富岡長子さんが警視庁深川警察署に

「宮司職を巡り家族でトラブルがある」と相談をしているのです。

宮司を解任されたことが余程恨みに思っていたのでしょう。

お姉さんを脅迫したことから、宮司の地位を巡り姉弟でトラブルがあったらしいですね。

富岡長子さんに「地獄へ送る」と書いたはがきを送ったことで、脅迫容疑で逮捕されます。

そして平成24年に富岡興永さんが死去して、宮司が不在になりました。

こんな経緯で、確執がくすぶっていたので下。

結局、最悪の事件になってしまったのです。

江戸三大祭で、天皇陛下もお越しになるほどで、

相撲の発祥神社とも言われて、横綱の奉納披露もあります。

手を合わせてお祈りをささげてきた、一般の方々は、

今後は何を信じていけばいいのでしょうか?

冨岡茂永氏の素行は?

箇条書きすると以下のようになります。

・高校時代は、勉強できず、スポーツも下手で金だけ持っているボンボン

と揶揄されていた。

・大学生になると、リンカーンを乗り回し悪友と遊びまわっていた。

・遊び人で、離婚2回し、現在は3回目だった。

・毎晩銀座を飲歩き月に100~200万を使込んでいたとのことです。

・2001年宮司をクビになったが、退職金3億円獲得しております。

(こんな条件が、不毛の青年を産むのです)

・2006年に「今年中に決着をつける覚悟しておけ」「昔年のうらみ。地獄へ送る」

と、姉を脅迫し逮捕されたのです。

・母親は、「息子は女を散々泣かせてきて恨まれても仕方のない愚息!」

と、嘆いていた。

富岡茂永容疑者 手紙に「宮司追放か怨霊で永遠の祟りか」

手紙は氏子の自宅に9日昼ごろまでに届いたそうです。

白い封筒にA4用紙8枚が入っていた。

封筒の裏に「前富岡八幡宮宮司 富岡茂永」とスタンプが押されていた。

手紙は

「ご関係の皆様」と始まり、「約30年に亘(わた)り続きました、富岡家の内紛について、その真

相を此処(ここ)にお伝えさせて頂きます」としたうえで、富岡さんや父親(故人)らへの不満や批判が記

されていた。

手紙の最後には、富岡八幡宮の関係者に対し、富岡さんの永久追放などを求め、「もし、私の要求が実行さ

れなかった時は、私は死後に於(お)いてもこの世(富岡八幡宮)に残り、怨霊(おんりょう)となり、私

の要求に異議を唱えた責任役員とその子孫を永遠に祟(たた)り続けます」

などと述べていた。

(出典:https://bungu-uranai.com/blog/11197/)

これはいかがなものか?

手を合わせて拝んでいたい一般の方々に厳しいものになりそうです。

まとめ

いかがでしたか?

この事件は、奥が深く、今後も余韻を残して、皆さんに影響し続けるかもしれません?

◆ 富岡八幡宮殺傷事件の背景について

◆ 富岡長子さんは詐欺などを多くやっていた。

◆ 冨岡茂永氏(犯人)は遊び人で宮司の資格はなかった。

◆ 神主の方々は、セクハラ、パワハラが常態化していた。

◆ 冨岡茂永氏は手紙を氏子に送り姉の罷免を訴えていた。

についてまとめました。

最後までお読みいただきありがとうございます。

スポンサーリンク

関連記事はコチラ