羽生善治史上初・前人未到の「永世七冠」達成で、国民栄誉賞を安部首相は決断する?

こんにちは!今日もご訪問いただきありがとうございます。

将棋の第30期竜王戦七番勝負(読売新聞社主催)を制して、

前人未到の「永世七冠」を達成した羽生善治竜王(47)が、

歴史的偉業から一夜明けた6日朝、第5局が行われた鹿児島県指宿(いぶすき)市の

指宿白水館で記者会見に臨んだ。

「朝起きて、『ひょっとすると、これは夢なんじゃないか』と思ったが、

新聞記事が目の前にあって『本当なんだ』と安心した」と心境を語った。

また、「最後のチャンスではないかと思っていた」とも話したのです。

世間では、号外が配られるほどの過熱ぶりです。

“前代未聞の偉業“と騒がれておりますが、

一般的には、“永世・・・?”とはどんな称号なのか?

どうしたら頂けるのかなど知られていない部分が多いのです。

ここでは、羽生善治竜王のプロフィールや生い立ち、戦績、

“永世00”の称号について調べて見ました。

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羽生善治のwiki風プロフ

◆ 名前:羽生善治(はぶよしはる)

◆ 生年月日:1970年9月27日(47歳)

◆ 出身地:埼玉県所沢市

◆ 職業:将棋棋士

◆ プロ入り年月日:1985年12月18日(15歳)

◆ 棋士番号:175

◆ 師匠:二上達也

◆ 段位:九段

◆ 家族:1996年・島田理恵(アイドル)さんと結婚。長女(20歳)、次女(18歳)

の4人家族です。初の7大タイトルを獲得したのもこの年でした。

羽生善治氏の生い立ちは?

小学校1年生のとき、近所に住む同級生から将棋の駒の動かし方を教わった

2年生(1978年)の夏、将棋に熱中している我が子の姿を見ていた

母が将棋道場「八王子将棋クラブ」の「第1回夏休み小中学生将棋大会」に

出場を申し込み、大会デビュー(1勝の後2連敗で失格)

お母さんの思いがあったのですね!

その後は、めきめき棋力は急速に向上していき、翌年の小学3年生の時に初段、

4年生の10月に四段、5年生の10月に五段となり、

いわゆるアマ強豪のレベルとなった。[

奨励会入会試験に合格。

以降、1年あまりで6級から初段に昇段するなど驚異的な速度で

昇級・昇段を重ねたのです。

1985年12月18日に三段での13勝4敗を記録。

この成績をもって、当時の規定により四段に昇段してプロに昇格。

加藤一二三、谷川浩司に続く史上3人目の中学生棋士となったのです。

中学生棋士としては、藤井総太四段と同じようですね!

19歳で、初タイトル・竜王を獲得しました。

その後の活躍は目をみはるばかりで、1996年2月に初めて七冠に輝いたのです。

それから9年かかっているのですね!

2017年12月5日、初の永世七冠

(永世竜王、十九世名人、永世王位、名誉王座、永世棋王、永世王将、永世棋聖)

を達成。

さらに名誉NHK杯選手権者の称号を保持しており、

合計8つの永世称号の保持は史上初の会kyです。

羽生竜王の普段は?

妻・里恵さんのツイッターから、

◆ 自宅でも突然、指向が宇宙にスイッチすると、棋譜呪文を呟いてて、

それまでの会話は置き去りになる?

お子さんは、“お父さんは宇宙行ってるね?”

◆ 最長睡眠時間は26時間で、よく眠るそうです。

「生きているか?花の前にテイッシュを当てて

ヒラヒラを確認したこともあったそうです。」

◆ 朝刈りたての芝生のようにお天道さまに向かう髪の毛を撃退すべく、

一応寝ぐせ直しで追いかけるが『もう、いい』の一言に撃沈。

『アンテナ立ってるな、今日も快調』

と、わが身に言い聞かせているそうです。

◆ 夜遅く対局から帰ってきても、必ずパチリパチリッと棋譜を並べる音が

研究室から・・・勝った時も負けた時も、『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』

と、とてつもなく深いため息。

常に満足していない、続けるって苦しい。

◆ さらに婚約中も、7冠を取れた年、婚約してて、お部屋に遊びに行った時、

突然、『ごめん、ちょっと待ってて』と隣室にこもり3時間パチパチ研究!

ちょっと・・・じゃないよね?と

胸の内だけで関西ツッコミを入れましたとのことです。

永世称号とスポンサーは?

◆十九世名人(襲位は原則引退後)

毎日新聞社と朝日新聞社共催の将棋の棋戦で、8大タイトル 戦

(竜王戦・名人戦・叡王戦・王位戦・王座戦・棋王戦・王将戦・棋聖戦)のひとつ。

1937 年に第1期が開始され、タイトル戦の中で一番長い歴史を有している。

◆永世竜王(就位は原則引退後)

読売新聞社主催の将棋の棋戦で、8大タイトル戦のひとつ。

第1期は1987年であるが、前身の十段戦、更にその前身の九段戦

(第1期は1950年)から数えると、

タイトル戦の中で名人戦(第1期は1935-1937年)に次いで2番目に長い歴史を有している。

◆永世王位(就位は原則引退後)

ブロック紙3社連合

(北海道新聞社、中日新聞社、西日本新聞社と神戸新聞社、徳島新聞社)

主催の将棋の棋戦で、8大タイトル戦のひとつ。

1960年に「三社杯B級選抜トーナメント」が発展解消されて4番目のタイトル戦となった。

◆名誉王座(就位は引退後または還暦後)

日本経済新聞社主催の将棋の棋戦で、8大タイトル戦のひとつ。

1953年に一般 棋戦として創設されました。

◆永世棋王(就位は原則引退後)

共同通信社主催の将棋の棋戦で、8大タイトル戦のひとつ。

◆永世棋聖(同上)

産経新聞社主催の将棋の棋戦で、8大タイトル戦のひとつ。

1962年より棋聖戦 開始。

◆永世王将(同上)

スポーツニッポン新聞社及び毎日新聞社主催の将棋の棋戦で、8大タイトル戦のひとつ。

1950年に一般棋戦として創設 され、翌1951年(1期)にタイトル戦に格上げされた。

◆名誉NHK杯選手権者

日本将棋連盟は伝統文化としての将棋の 普及発展と技術向上や将棋を通じた

交流親善などを目的とした公益社団法人です。

本戦:10分切れたら1手30秒未満・他に各10分の考慮時間あり(チェスクロック使用)

羽生善治竜王の戦績

◆ タイトル獲得合計:99期(歴代1位)

◆ 一般棋戦優勝回数:44回(歴代1位タイ)

◆ 最優秀棋士:21回

◆ 賞金ランキング:1位・22回

◆ 獲得賞金・対局料:約27億円以上

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永世称号とは?

永世称号は、1つのタイトルを一定回数獲得すると与えられる称号で、

原則として引退後に名乗ることが出来るのです。

◆ 竜王:連続5期、通算7期

◆ 名人:通算5期

◆ 王位:連続5期、通算10期

◆ 王座:連続5期、通算10期

◆ 棋王:連続5期、

◆ 王将:通算10期、

◆ 棋聖:通算5期

これまで永世称号を獲得した人は、10人です。

藤井四段も、羽生さんと同様に中学生でプロに転向しておりますが、

羽生さん同様に永世七冠を獲得できるでしょうか?

羽生さんは現在47歳で、32年間かっ飼って獲得したのです。

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羽生善治永世七冠の凄さと国民栄誉賞は?

羽生さん永世七冠の次はタイトル100期か。

凄すぎる。すごいしか言葉が出ない。他の競技とかで例えが思い浮かばない。

世間が大騒ぎしているのですが、将棋を知らない人のその“凄さ“を

的確に表すことが出来ないでおります。

オリンピックで金メダルを取る難しさと、回数を重ねると

「国民栄誉賞」を頂けますが、それに相当する凄さが十分にあるのです。

ノーベル賞とは比較ができませんが、努力をして、実績を積み重ねるのは、

スポーツに似ております。

安倍首相の不人気の挽回のチャンスでもあります(ゴメンなさい)

また、将来何十年も現れないことも容易に予想されるので、

国民栄誉賞を授与すべきだと思います。

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まとめ

インタービューでは、

「朝起きて、『ひょっとすると、これは夢なんじゃないか』と思ったが、

新聞記事が目の前にあって『本当なんだ』と安心した」と心境を語ったのです。

さらに、記者会見では約80人の報道陣に対し、

「最近は強い若手棋士が出てきている。

切磋琢磨(せっさたくま)して前進していけたらいいという気持ちを持っています」

とあと1期に迫った通算タイトル100期獲得に向けても意欲をみせたのです。

◆ 羽生善治永世名人のプロフィールと生い立ち

◆ 羽生竜王の普段は?

◆ 永世称号は?

◆ 各棋戦とスポンサーは?

◆ 永世称号は条件が厳しい?

◆ 羽生善治永世七冠の凄さと国民栄誉賞は?

についてまとめました。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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