眼科医・服部匡志先生の経歴やwiki風プロフ!家族や年収は?【カンブリア宮殿】

こんにちは。今日もご訪問いただきありがとうございます。

ベトナムノ赤ひげ先生と言われている眼科医の服部匡志先生が、カンブリア宮殿で紹介されます。

5月19日(木)の予定ですが、それに先立ち先生の驚きのプロフィルと人間性に迫ってみます。

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服部匡志のWiki風プロフ

● 名前:服部匡志(はっとり ただし)

● 愛称:ベトナムの赤ひげ先生(赤ひげ眼科)

● 生年月日:1964年

● 出身地:大阪府大阪市(静岡在住)

● 学歴:京都府立医科大学医学部卒業

● 家族:奥さん。

● 活動時期:2009年~

● 職業:フリー眼科医

服部匡志先生の医師への動機は

動機ほど様々なものはありませんが、服部匡志先生の場合は、

お父さんが胃がんで亡くし、たのがキッカケだったようです。その時は、高校二年生でした。

さらに、これも悲しいことに、入院中に聞きたくもない医師の乱暴な言葉を耳にして、

つらく悔しい思いをしたことがあったのです。

患者の心の痛みの分かるお医者さんになりたいと心に決めたとのことです。

「患者は肉親」が座右の銘だとか。

高校二年生ですから、すでに大人の会話も十分わかりますよね!

そんなときに分かるくらいの暴言とはどんなものだったのでしょうか?気になりますよね!

いざ学業に励んでもなかなか思いうようには進まなかったようです。

4年間も浪人したのですね!

やっとのことで、京都府立医科大学の医学部を卒業後、フリーの眼科医となった。

4年間の浪人生活を経て京都府立医科大学の医学部を卒業後、フリーの眼科医となった。

ヒゲ面の外見から 「ベトナムの赤ひげ先生(赤ひげ眼科)」と呼ばれたいるそうです。

服部匡志先生のベトナムとの結びつきは?

 

服部匡志-3 服部匡志-4

13年秋に日本でので学会に参加したベトナム人医師から同国の遅れた医療の現状を聞き、

指導を依頼されたのがきっかけで、翌年に三か月の予定で訪ねると、

現地には手術さえすれば失明せずに済む患者をたくさん目にします。

しかし、病院には満足な機器がなく困り果て、機材を自費で購入し治療を始めたそうです。

無償での手術を一年間で一千件以上こなしたのです。

資金的に苦しく、日本に帰国しては、勤務医として生活費を稼ぎ、再びベトナムへ行く。

そんな生活を続けているのです。

2002年に京都でベトナム人医師と出会ったことがきっかけで、

服部は日本とベトナムを往復する生活を送ることになる。

ハノイ国立がん化病院で服部にしかできない高度な治療術で、

多くのベトナム人の目に光を取り戻している

ベトナムでは、服部医師は、 「神の手を持つ男」と呼ばれている。

(先生は・・「神の手」→“「仁」の心を持った人の手“と言われるとうれしい。)

 

 

服部匡志-6

ベトナムの国営放送で3日に渡って服部の特集が組まれたこともあるほどである。

だが、ベトナムでは報酬は一切受け取っていない。

ベトナウでの旅費、滞在費、治療費、生活費などは、

東北から九州まで日本各地で治療をこなして得てアルバイト報酬で賄われている。
その為、 服部は年収400~500万程度しかないが、

本人は気にしていない。

「なぜ」と問う人もおりますが、先生は、
「ほっとかれへんよ。出会ってしまったから。目の前に患者がいるんやから」

と語るのです。

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目の病気とは?

◆  糖尿病網膜症

◆  白内障

◆  緑内障

◆  ドライアイ

◆  加齢黄斑性

◆  網膜剥離

◆  屈折異常

◆  老眼

ざーっと列挙するとこんなにありますが、ここの内容は省略するとして、

最近の技術の進歩には目を見張

るものがあるのです。

白内障や、糖尿病の合併症など、誰もが罹りうる「目」に関わる深刻な病気は多い。

そのままにしておくと失明の危機もある

「患者は肉親」が座右の銘である先生は、「一人でも多くの人の目に再び光を感じさせてあげたい」。

その一心で14年に渡って救ってきた。

日本とベトナム合わせて4万5千人を超えた。

現代の「リアル・赤ひげ先生」、

なのです。

「ベトナムで医師が育ち、私はもいらないと言われたい。

それがいいんや!また別の国に行けるしね!」

と、後に続く医師が増え草の根の活動が活発になれば、と願っているのです。

服部匡志先生の受賞歴

服部匡志-2

◆ 2005年:町村外務大臣より感謝状

◆ 2006年:第16回≫宮沢賢治イーハトーブ賞受賞

◆ 2007年:ベトナム保健省より人民保険勲章受章

◆ 2008年:全日本学士会よりアカデミア賞受賞
世界平和研究所良いり中曽根康弘賞奨励賞受賞

◆ 2012年:国際社会で顕著な活動を行い世界で『日本』の発信に貢献した業績を基に、

外国人プレス関係者により構成される、世界で活躍し『日本』を発信する日本人プロジェクトより、

内閣府から世界で活躍し『日本』を発信する日本人の一人」の一人に選ばれた。

まとめ・MC村上龍の感想

こんな方がいることは、『日本』の誇りですね!

ベトナムとは近年ますます交流が深くなりつつあります。

これを機会にもっともっと紫煙が充実されることを祈っております。

 

服部匡志-5

<村上 龍のまとめ>

服部先生は、小学校でイジメにあったらしい、

だが、「今日は体育がある」

「今日はソフトボール大会」と

楽しみを見つけて投稿したそうだ。

医学部受験で

4浪したときの辛さは、

尋常ではなかったという

決して順風満帆ではないし、

スーパーマンでもない。

人生の節目で、「やりたいこと」

「できないこと」「やるべきこと」を、

正直に順番にやっていくうちに、

日本を代表する眼科医になり、

多くの人に光を与えた。

「僕の手は、神の手じゃない、人間の手だ。」

その言葉が、服部先生の哲学と

人格を物語っている。

人のために、自らを生かす

村上 龍

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

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