福井正憲は叙勲受賞者!経歴や年収をwiki風にまとめてみた!【カンブリア宮殿】

こんにちは。今日もご訪問いただきありがとうございます。

緑茶飲料「伊右衛門」の“1兆円ヒット”を生んだ京都の老舗茶舗・福寿園がるのをご存じだろうか?

80歳を超えた福井正憲会長は、今なお茶文化を訪ねて世界を巡っているそうです。

日本の緑茶文化が果たしてどこまで通じるのか? “1兆円ヒット” とは桁外れに大きすぎます。

カンブリア宮殿放送前に情報を探ってみました。

         目    次

【① 福寿園とは?】

【② 福井正憲さんのプロフ?】

【③ 「伊右衛門」ヒットの快!とは?】

【④ 福寿園・福井正憲社長の決心とは?】

【⑤ まとめ】

今回はこの5点について紹介いたしたく思います。

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福寿園とは?

 

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◆   名前:株式会社福寿園(ふくじゅえん)

◆   所在:(本社)京都府木津川市山城町上狛東作り道11

(本店)京都府京都市下京区四条通富小路角

◆   設立:1949年

◆   業種:製造業・販売業(製茶会社・伊右衛門の名で知られる)

◆   代表者:取締役会長・福井正典、 取締役社長・福井正憲、

◆   資本金:8,600万円

◆   従業員数:約800名

・もとは、材木問屋で川を船で運搬していたが、2割ほど茶を運ぶようになり、

その後に茶業へ移行したそうです。

昔のことです、“志”がある事と、“勇気”があれば成功したのでしょうか?

◆  沿革:

• 1790年(寛政2年) 創業

• 1949年(昭和24年) 会社設立

• 1952年(昭和27年) 京都駅に初めて直売店をオープン

• 2007年(平成19年) 宇治市に福寿園宇治工房を開設

• 2008年(平成20年) 京都市に京都本店をオープン

お茶は、日本が中国の進んだ制度や文化を学び、取り入れようとしていた奈良・平安時代に、

遣唐使や留学僧によってもたらされたといわれております。

貴族階級から武士階級へと広がり、江戸時代の庶民にも広まったと言われております。

福寿園の操業が200年以上前のことですな!江戸時代の中期でしょうか?会社形態になったのが、

戦後という事ですね!

「家訓」が独特で、 「無声呼人」 (むせいこじん)で、

“声なくして、人を呼ぶ”という事で、

『徳のある人のところには、呼ばれなくとも人が集まる』という意味のようです。

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易しく、意味深な言葉なので蛇足ですがもしよかったら、気に留めてください。

福井正憲さんのプロフ?

◆ 名前:福井正憲(ふくいまさのり)

◆ 生年月日: 1936年?月?日(80歳)

◆ 出身地:京都府京都市

◆ 学歴:同志社大学経済学部卒業

◆ 役職:福寿園会長

◆ 超ヒット製品:伊右衛門・累計売上→1兆円!

◆ 役員報酬:お~いお茶!で有名な伊藤園の会長の本庄八郎氏で、1,59億円でしたが、

福井正憲会長は見当たりませんでした!

1億円以上の役員報酬443人の中には含まれなくともそれに近い額と想像しましょう!

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「伊右衛門」ヒットの快!とは?

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創業が1790年と言いますから、江戸中期ですね!

京都の老舗のお茶メーカーですが、京都では有名ですが、全国的には、まだマイナーでしたね!

ところが2004年委発売された「伊右衛門」が他のお茶に伍して大ヒットを放ったのです。

商品名が、創業者の福井伊右衛門からとった名前だったのです。

OO右衛門という名称は陶器にはよく見掛けます。

九州地方では有名な陶器がありますが、その名前が、「柿右衛門」「今右衛門」ですが、

お茶では初めてですね!

この名前を使う事には、

“創業者の名前を使い失敗は許されない!”とか

“伝統あるお茶メーカーがペットボトルのお茶を作っていいのか?”

という上目線(?失礼)、伝統の重み(?)からかなり抵抗があったそうです。

いつでも同様ですが、どのようにブレークスル-するかは、経営者に果たされた使命でもありますね!

見事“決断”が功を奏し、累計売上が1兆円を超える大ヒットにつながったのです。

ボトルの色彩と言い、ボトルのシルエットも、 “日本美“ を表現しているように感じませんか?

福寿園・福井正憲社長の決心とは?

伝統を守りつつ、革新的な取り組みを続けてきたが、

9代目の社長に数人氏、今後の100年の計について話しております。

伝統を守りながらどう攻めるのか?について

「先人も革新を続けてきたからこそ、今がある。思い切ってやらないと、さらなる100年はない。

だから常に何事にも『果敢に挑む』と決めた」

と決意を話し、平成2年には、本社のある京都府木津川市のけいはんな学研都市にCHA研究センターが

できたのです。

「茶文化の発信だけでなく、品質管理や商品管理を担っている。

他社との共同開発では、ここがなければ営業同士でしか話ができなかった。

しかし、例えばサントリーさんとは、今も研究者同士で話をし、品質向上を目指している」

宇治茶でグローバルな会社を確立させるためには、

「現在の日本茶のティーバッグ市場は、まだまだ小さい。

約20年前に訪れた英国の紅茶会社で、世界の紅茶市場の76%はティーバッグという話を聞いた。

戦前までは、グリーンティーとして米国でも日本茶が多く飲まれており、

グローバルには日本茶に将来性を感じている。世界に宇治茶・日本茶市場を切り開きたい」

と2013年ン7月にこのように言及し、ティーバック市場の開拓を図りたいと述べたのです。

今年4月の日本農業新聞によると、「緑茶ティーバッグは簡便さが受けて2・7%伸びた。」

と報じております。

日本のティーバッグの市場規模は228億円です。

緑茶全体でのシェアは10.4%で、前年より0.4ポイント増えたそうです。

小売業などが扱うプライベートブランド商品の需要が増加。

大手メーカーが自社の付加価値型商品を積極的に売り込んだことも寄与した。

と分析しており、社長の行動も大きく寄与していることのようです。

まとめ

なんと楽天のティーバックの売り上げでは、 「伊藤園」を抑えて、11位、12位、13位を確保しているのです。

このように成功を継続しておりますが、その成功の裏にあったのが、

古い茶業界で伝統と革新の“二兎”を追い続けてきた福寿園の経営ということが出来るようです。

日本文化と緑茶は、切っても切れない縁があるのです。

伝統もさることながら、“革新” “拡張” が今後の進展のカギを握るのは間違いありません。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

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