小林麻央ブログKOKORO最新!米国治療を決断か?海老蔵の愛の表し方! …

こんにちは!今日もご訪問いただきありがとうございます。

今年1月末に自宅療養を初め、民間クリニックを渡り歩いていた麻央さんは、

今、新たな試練を迎えております。

「麻央さんは4月に入り、ブログで『咳が止まらない』と告白していました。

これは明らかに肺に転移したことを示しているのです。

彼女は班年前から緩和ケアを受けながら、特殊な装置で身体を温めテガン細胞を

死滅・縮小させる『ハイパーサーミア』という温熱療法にも取り組んでいました、

ところが、今月に入って体調が悪化し、緊急入院に踏み切ったのです。」

小林麻央さんは、「10歩も歩けなくなり」再入院されました。

北斗晶さんは、復帰しているのに、真央さんは壮絶な戦いを続けております。

あまりにも不憫で、哀しい限りです。

この意味は何でしょうか?

Fridayが報じましたが、その概要を見て見ることにし、

麻央さんのブログ

“KOKORO”から見る“生きる”

ための戦いをお知らせいたします。

Contents

「石言葉」とは?

旦那の海老蔵さんは、真央さんの回復を願って、秘かに銀座のパワーストーンショップ

を訪れたのです。

「海老蔵さんの探していたのは、 『モルトバイト』というパワーストーンだったのです。」

緑色の天然ガラスで、ブレスレッドで20~30万円もするそうです。

(石の暗示:肉体、こころ、魂のヒーリング、ストレス軽減、不安や)

お父さんの市川團十郎さんの病(白血病)の時にも買い求められたのです。

これに秘められた「石言葉」は、“夫婦円満”“永遠の愛”であり、

闘病に苦しむ麻央さんへののプレゼントで、海老蔵さんの深い愛情が伝わってきます

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小林麻央のオフィシャルブログKOKORO

ブログを読んで!

小林麻央さんは2016年9月1日にブログを始めています.

<“なりたい自分になる”>

と題して第一回目のブログ記事をアップしたのです。

その内容を要約すると癌に冒されて落ち込んでいる自分が

素晴らしい先生に出会い心を動かされ

「癌の陰に隠れないで」

と言われて自分を励まし、これから何年、何ヶ月、何日、続けられるか解らないが、

命のある限りブログで、自分の今ある姿を表現し二人の子供やご主人に残し、

堀越麻央の遺書と成るかも解らないものを残して行きたい

との気持ちだったろうかと推測します。

’16年9月30日<黒木奈々さんの事に触れられています。>

<黒木奈々さんの事に触れられています。>

同じ事務所、同じ1982年生まれ、同じ上智大学出身

鹿児島県鹿児島市出身で小学校時代からアナウンサー志望で、

上智大学出身のアナウンサーが多いと知り鹿児島県立鶴丸高校から

上智大学・外国語学部フランス語学科に入学し、

入学と同時にフジテレビのアナウンススクールに通い留年までして

採用試験を受けますが不採用です。

それでも諦めないで報道記者枠で2006年4月毎日放送(MBS)に入社し

色々な経緯を経てTBSニュースキャスターから念願のフリーアナウンサーになりますが

2014年9月10日に胃癌を患って居ることを公表されます。

最初の診断では初期の癌と診断されますが、

再検査で症状が進行していることを告げられ胃の全摘出手術を受け、

成功で転移もないと告げられ職場復帰も果たして居ましたが

7月27日再び休養にはいり2015年9月19日32歳の若さで

お亡くなりに成られています。

最初はレストランで急性胃潰瘍で倒れたそうですが、

その後、悪性腫瘍が見つかり、そして癌の発見、初期だと言われ、

胃の全摘出手術で成功と言われ、発見から僅か1年で亡くなれるのですが

身内の方は堪りませんね。

みんな、お医者さんですか?

大丈夫、大丈夫と言いながら手遅れでした、と言うんでしょうかね

当然、彼女もブログ等でその当時の状況を報告していましたが

現在は閉鎖されています。

 

因みに元NHK大村朋子キャスターも上智出身で黒木奈々さんとは会うことは無かったが

メールでやりとりしたそうです。

と言うのも大村キャスターのご主人が胃癌の10年サバイバーだそうですが,

黒木奈々さんの手術を担当する先生に大村キャスターのご主人が手術して貰ったそうです。

そんな関係でメールのやりとりをされていましたが僅か1年で亡くなれて驚かれています。

そしてブログの中で皆に「ガン検診」は受けて下さいね。と語りかけておられます。

自分は関係ないと思わずガン検診を受けましょう!

‘16年10月1日<術後、驚いたこと>

<術後、驚いたこと>

術後の付き添いに姉、摩耶さんが来て麻央さんが微動だに出来ない状態のところへ、

そっとそっとやってきてお辞儀をしながらブリブリささやいた言葉が

「えっと、本日担当の小林麻耶でぇーす。宜しくお願いしまぁす。」

だったそうです。

笑ってしまうとおなかが痛すぎて大変な中で無かった事にしようと必死でこらえて、

後で聞いたらおねぇーちゃんは

「看護師さんに憧れてて、やって見たかったの」

と言って笑わせたそうです。

でもでも、私は絶対に違うと思います、これは姉の愛情の賜物です、

術後の愛おしい妹に対して、どんな言葉を掛けたら良いか解らない状態だったのですよ。

本当に、これは摩耶さんが妹を気遣って心から出た言葉だと私はそう思います。

第三者がその場に居たら、この愛情に溢れた場面に涙してしまいます。

‘16年10月13日<不動明王ならぬ不動麻央!>

<不動明王ならぬ不動麻央!>

海老蔵さんが麻央さんに言ったそうです

面白い、座布団3枚くらいあげましょう!

’16年10月20日<恋しい!>

<恋しい!>

ばぁばが勸玄くんに聞かれたそうです

「恋しいってどういうこと?」

麻央さんが問いかけています。

皆さんだったら、恋しい、なんて説明しますか?と麻央さんが問いかけています。

“戀”とは、糸し糸しと言う心

‘16年11月3日<強烈に想いました。>

<強烈に想いました。>

生きたい!

この気持ちが大切です!強く望むことで叶えられるのです。

翌日、皆からのコメントで「生きたい」ではなく「生きる」と直されていますが

生きるは継続です

「生きたい」が正解です。願望が大切です!

‘16年11月15日<父親>

<父親>

タクシーの運転手さんから、男親ならではの思いってあるものなんだよ、

との言葉で、父親の愛情を感じ感謝しています。

何かにつけて父親は忘れられがちです

どうか母親同様に貴方を愛していることを忘れないで下さい。

‘16年11月20日<叔父の祈り>

<叔父の祈り>

叔父さんが先に逝きます!

「まおに病気は似合わない。だから絶対、大丈夫。」

叔父さんが麻央さんの少しだけ病気を取り込んで逝ってくれたのです。

‘16年12月3日<今週も精一杯生きたー!と思います>

<今週も精一杯生きたー!と思います>

今は、誰かと数日後の約束をするまでの自信はないけれど、

治療のためのスケジュールを予定通りクリアできるだけで、

はなまるです

一週間の予定をやり終えて今週も生きられた!

次の一週間も生きたい!と思って生きて下さい!

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‘16年12月5日<シャンパンタワーの法則>

<シャンパンタワーの法則>

シャンパンタワーの法則では一番上の自分のエネルギーが溢れて

2段目の家族3段目の友人4段目の職場の人達にも溢れるエネルギーが行き渡るのです。

‘16年12月8日<いちょう~國學院高校>

<いちょう~國學院高校>

麻央さんは國學院高校の出身でしたよね!

さだまさしさんが高校の先輩だそうです

麻央さん在校中に講演をやっているんですね

素晴らしい講演だったと思い出しています。

‘16年12月22日<心配より信頼>

<心配より信頼>

心配で思い出しました

一休宗純禅師が大徳寺の大僧正で亡くなる前に弟子達に対して、

わしの死後、なにか大変な問題が起きたらこれを開いて見なさいと残された書に

『大丈夫、心配ない、何とかなる』とあったそうです。

とは言いながら88歳まで生きた一休宗純さんですが

最後の言葉は「死にとうない」だったそうです。

        

ここらで一休さん寓話も少し!

一休さんは後小松天皇の御落胤で幼名を「千菊丸」と名付けられますが

南北朝のややこしい時代で

南朝方の母親の為に生まれる前から皇室から遠ざけられてしまうのです。

そして5歳で臨済宗・安国寺にて出家するのです。

小僧さん時代の話が良くテレビ等で扱われ子供の頃から

「一休さん、一休さん」と呼ばれますが子供時代の名前は「周建さん」です。

そしてその後16歳の時に西金寺の謙翁宗為和尚の弟子となった時に

一字を取って「宗純」の名前を貰います。

そして“一休”の名前は24歳の時に「有漏路より無漏路に帰る一休み、

雨ふらば降れ、風ふかば吹け」と歌を詠んで、華叟師匠より“一休”と名乗れと言われるのです。

そうです24歳にして一休の名を名乗るようになるのです

そして一休さんは禅僧にも拘わらず髭をはやし髪の毛を伸ばし

酒を飲み魚も食します破戒僧ですね。

晩年の77歳の頃に年若い盲目の森女史と仲良くして最後88歳で死ぬ時に先に書いた

「死にとうない」です。

最愛の人が居たのですから仕方ないですね。

でも、でも破天荒なだけでは無いのです、若い時は師匠について壮絶な極貧生活をし

謙翁宗為和尚が亡くなった時も自殺も考えますが母親の従者に助けられ生き延びるのです。

一休さん、天皇の御落胤だし詩歌も詠んでいます

「生まれては、死ぬるなり。釈迦も達磨も、猫も杓子も」

「人間の有り様は、万事が止まることがない。

生の始りを知らないと、死の終りを弁えない。

やみやみ茫々として、苦しみの海に沈んでいく」

ブログ記事の続きです

‘17年1月1日<2016年も生ききったのです!>

<2016年も生ききったのです!>

“過ぎた一年は早いが今日から始まる1週間は長い”

未来は無限大の可能性を持っています。

‘17年1月24日<患者>

<患者>

「癌の患者さんは、真面目な方が多く、患者であることを真面目にやってしまう」

「最終目標は自分が患者であることを忘れること」と言われます

う~ん納得!

‘17年1月30日<クリア!>

<クリア!>

 

退院した翌日ですね

子供達が

「ママ、帰ってきてくれてありがとう」

と言ってくれました。

私は今、三時間かけて

目標の食事を食べ終わりました。

疲れたけれど、クリア!がうれしいです。

ひとつずつクリア!

そうですね。

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‘17年2月5日<臍の緒入れ>

<臍の緒入れ>

桐の箱で卵形に作られてるんですねえ!

可愛いね!

凄いです。

‘17年2月10日<感情!>

<感情!>

1日のうちでも

1時間前とは、2時間後には、と

別人のように体調が変わります。

そんなに体調が変わるんですね

‘17年2月13日<さだまさしさん>

<さだまさしさん>

さだまさしさんからバレンタインデーに美しい薔薇を頂きました。

以前、國學院高校の先輩だと言われていましたね!

バレンタインデーに男性から花束を貰っちゃいましたか?

海老蔵さんに怒られませんかね?

‘17年3月1日<勸玄の夢>

<勸玄の夢>

三月誕生月の勸玄は

「大きくなったら王子様になりたいです」

と発表していました。

幼稚園で、です。

れいかちゃんから吹き込まれたみたいです?

勸玄くんは王子様になりたいそうです。

17年3月30日<大島と家族を救ってくれた言葉>

<大島と家族を救ってくれた言葉>

中日・日本ハムで活躍し後に日本ハムでは監督も務められた大島康徳さんが

2月24日にブログに書いた言葉に触れておられます。

大島康徳さんも2月7日に大腸癌・ステージ4を告白し、麻央さんのブログの

癌になったのは誰のせいでもないよ

この言葉に助けられたと言われています。

’17年4月1日<“新年度スタート”姉、そして父と母>

<“新年度スタート”姉、そして父と母>

そうですね、おねえさんの摩耶さんが倒れて休養されていたのです

そして4月1日にその事に触れて

姉が少しずつ仕事に復帰させて頂くことが決まりました。

と報告されています。

私が 治療に背を向けたとき

母も叫びました。

「死ぬ順番を守りなさい。お母さんが死んだとき、

まおに口紅をぬってほしい!」と。

私を産んでくれた 母の言葉です。

ここで又、一休宗純さんの事を思い出しました

一休さんが正月に或る地方の偉い人の家に呼ばれて

目出度い日だから何か書いて欲しいと頼まれます。

そこで書いた言葉が

「親死に、子死に、孫死に」

だそうです。

主人は正月からこんな縁起でもないことを、と怒ります

そこで一休さんはこれほど縁起の良いことはないでしょう!

人間、誰しも死ぬのだ、それが順番に死んで、これほど目出度い事はないじゃないかと言いました。

お母さんの言うように娘が親の死化粧しないといけないのです。

どうか、一休さんの言うように順番通りになりますように・・・

最後に・・・

何はともあれ、小林麻央さんが癌との戦いに打ち負けないで

一日,一時間の刻を大切に有意義な一日,一時間を過ごされる事を

お祈り申し上げます。

’17年4月19日<海老蔵・米国治療を決断?>

<海老蔵・米国治療を決断?>

「息苦しさと変な発汗と痛みと。
10日前まで普通に歩けたのに、
10歩あるくのもやっとになってしまうのだから、」

「夜背中をさすってもらって、一緒に泣きました。」

市川家の知人は、

「1月末に退院して以降の治療方針は、
癌そのものを亡くすよりも、痛みを緩和して、
普通の生活を送れるようにするということ。
それでも最近、痛みのコントロールも難しくなっているようで、
再入院となったようです。」

と話すのです。

遂に、海老蔵氏は麻央さんの”渡米治療決断”したようです。

これは、「体温をコントロールして免疫力を上げるという治療法」

のようです。

「がん細胞を攻撃する”キラーIT細胞”を血中から取り出す
『CART治療』をはじめとする最新治療のようです。」

ところが、1回が5000万円もする代物のようです。

「さらに滞在費は、6ヶ月として飛行機代、ホテル代など300~500万円
も掛るのです。」

海老蔵さんは、何が軌跡かを徹底的に調べなくてはと言っておりましたが、

ここまで行きついたという事でしょうか?

治療費を捻出するのには並大抵のことではないでしょうが、

何とか達成し、家族団らんの日が一日も早く戻ってくることを祈っております。

点滴用ポート埋め込み手術完了!最期近いか?

麻央さんは、点滴用ポートを迫地下に埋め込む手術をしたことをブログで明かしました。

これは、退院して在宅療養するためのもので、酸素吸入器と介護ベッドも完備してのです。

5月中には退院し、終末機の終末ケアとして自宅で家族と子供たちと暮らすことを選択したのです。

余命がわずかであることの証で、最期は病院でなく自分の家で子供と家族に囲まれたいと望んでのことのようです。

子供さんも小さいことから奇跡を祈らずにはいられません( ;∀;)

最後までお読みいただきありがとうございます。

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