藤井聡太四段、18連勝中、羽生善治にも完勝!中学はどこで家族兄弟が気になる??

こんにちは!今日もご訪問いただきありがとうございます。

5月18日・プロデビュー戦から18連勝!!

藤井聡太くんは先日第67期王将戦予選で西川和宏六段を84手で破って、

もっか17連勝中でしたが18日NHK杯予選でも対戦した

竹内雄吾四段と再び戦うこととなり、中盤まで互角で一時形勢不利となりますが

得意の終盤で攻勢に出て120手、竹内雄吾四段の投了で逆転勝利です。

18連勝だぁ~!

と聡太くんは浮かれていませんよ、

むしろ

「自分の実力からすると出来すぎの結果で

今後も重要な対局が続くので、気を引き締めて頑張りたい」

と自分を戒めています。

今回は、藤井総太四段に焦点を当てて紹介いたします。

藤井聡太四段・プロフィール

◆ 名前:藤井聡太(ふじいさそうた)

◆ 生年月日:2002年7月19日(15歳)

◆ 出身地:愛知県瀬戸市(現在もこの地に在住です)

◆ 学歴:名古屋大学教育学部附属中学在学中

聡太くんは2002年の生まれで21世紀が始まって3年目ですね!

21世紀に生まれた最初の棋士と言われています。

当然21世紀生まれの棋士がこれから沢山出て来るけどその人達の先駈けなのです。

お父さん正史さんは大手住宅設備機器の会社に勤めるサラリーマンで、

母、祐子さんは専業主婦ですがバイオリンが趣味でアマチュアのオーケストラに

参加するくらいです、かなりの腕前なのです。

そして4歳上のお兄さんがいます、隣にお母さんの御両親が住んでいます。

(と言う事はお母さんの実家に別棟を建てて貰って2世帯が住んでる感じですかね?)

小さい頃の聡太君はボール遊びに興じる活発な子供でした。

3歳の頃、地元の幼稚園がモンテッソーリ教育を取り入れていたことが

聡太君の頭脳開発に大いに役立ったと思われています。

(それが無くても“栴檀は双葉より芳し”で出て来てたと思いますよ!)

モンテッソーリ教育とは

イタリア・ローマの医師、精神病院で働いていたモンテッソーリは,

知的障害児へ感覚教育法を施し知的水準を上げる効果を見せ、

1907年設立の貧困層を対象とした保育施設「子どもの家」で

その教育法を完成されるのです。

それでモンテッソーリ教育を実施する施設は『子どもの家』と

呼ばれるようになるのです。

ローマに最初に誕生した「子どもの家」は欧米を中心に世界中に波及し、

特にアメリカでは2度に渡ってモンテッソーリ・ブームが

起こりアメリカ全土にその教育法が普及するのです。

日本では1960年代に紹介され、これを導入する幼稚園や

モンテッソーリ教育を専門に行う「子供の家」が創られていくのです。

モンテッソーリ「子供の家」の教室では教具と呼ばれる色とりどりの木製玩具が沢山使われているのです。

これらはモンテッソーリの感覚教育法に基づく教材で、

モンテッソーリとその助手たちが開発しています。

モンテッソーリ教育法では教具の形、大きさは無論、手触り、重さ、材質にまでこだわり、

子供たちの繊細な五感をやわらかく刺激するよう配慮がなされているのです。

また、教具を通し、暗記でなく経験に基づいて質量や数量の感覚を養うことと、

同時に教具を通して感じ取れる形容詞などの言語教育も組み込まれています。

 

このモンテッソーリ教育を受けた著名人達を紹介しておきます。
アンネ・フランク(アンネの日記の著者)

ジェフ・ペゾス(Amazon.com創設者)

サーゲイ・プリン(Google創設者)

ラリー・ペイジ(Google創設者)

ジミー・ウェールズ(Wikipedia創設者)

ウィル・ライト(シムシティ開発者)

ピーター・ライト(社会学者9

ジョージクルーニー(映画俳優・監督)

ウィリアム王子(チャールズ皇太子の子息)

ヘンリー王子(チャールズ皇太子の子息)

日本でこのモンテッソーリ教育を採用している保育園・幼稚園は、

カトリック系の園が多いようです。

幼稚園でそんな教育を受けた聡太君にお父さんが

4歳の時にキュボロ(Cuboro)と言う木製玩具をプレゼントされるわけです。

空中に立体迷路を作ってビー球を走らせる知育玩具です

かなり複雑で大人でも難しいのですが聡太君はこれにもハマルんです。

独り飽きずに何時間でも色々なパターンを作り続けたそうです。

(やはりこの辺が天才なのです、我々ならこんなの難しくて出来ないよと投げて遊んだりしますよね)

   

 

価格的にも結構しますよ、キュボロ・スタンダード¥34,560 ベーシス¥25,920等色々有ります。

既にキュボロ社でも“藤井聡太さんを育てた”と紹介されています。

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藤井総太の将棋の出会いは?

そして5歳になった夏に隣にすむ祖母の育子さんが盤駒のセットを与えます。

「スタディー将棋」と呼ばれる、駒に動かし方が書いてあるものです。

  

 

お祖母さんの育子さんに一緒に遊んで貰うのですが、お祖母さんも適わないのです、そこで少し

将棋の出来るお祖父さんの出番ですが、これもすぐに勝てなくなり、

本格的に将棋がしたいと言い出して近所で将棋教室を探すことになります。

ここから棋士・藤井聡太の運命が開けて行くのです。

そこで探し当てたのが

「ふみもとこども将棋教室」

です。

日本将棋連盟瀬戸支部長・文本力雄氏が主催する教室です。

聡太君の家から車で5分ですから本当に近いところにあるんですね。

文本力雄先生は瀬戸市の出身で中学時代に独力で将棋を覚え、

社会人になって名古屋市栄町にある板谷教室で勉強した方です。

プロ棋士板谷四郎、進と親子九段に教わったそうです。

文本氏の指導方針は最初に礼儀と挨拶をしっかり身に付けさせてルールを教え、将棋の読み方を教えると言った指導方針ですそれから八枚落ちの基本定跡を教える方法です。

ルールを教え、符号、棋譜の読み方を教える事が基本となります。

5歳の冬にこの将棋教室に入って最初から凄い集中力で、

詰将棋では1年で3手詰からはじめて5手、7手、9手詰めと進み

1年で11手詰まで進めます。

先を読む力が最初から有って先生は

「こんな子供は初めて見た、とんでもない子だと思った」

と言われています。

天才ですから・・・

この教室に他にも優秀な生徒が居たのです。

2歳上の8級に進んでいた「迎琉歌」さんという女流棋士で奨励会に入っています。

ふみもと教室では6畳2間の小さい教室で会員が2~30人程度で

先輩が後輩を教えるシステムが構築されていたのが聡太くんにも良かったようです。

そして教室に通い始めて1年で20級から4級に進級します

16段階を1年です、兎に角、先生もビックリ、周りも驚くばかりです。

この頃から先生からは「名人の上を目指せ」と言われるようになります。

幼稚園の終わり頃には詰将棋解答選手権の初級の部に出場します。

そして小学校1年生でこの教室で初段になり、

東海研修会に入ることを薦められます。

既に女性棋士の迎さんも入会しています。

聡太君も当然入会ですね。

小学1年生でアマチュアながら初段というのは凄い事ですが、

それ以前には埼玉県三郷市出身の佐々木勇気さんはアマ4段にもなっていたのです。

佐々木勇気(22歳)さんも凄い人で中学生棋士とはならなかったが

4回目の挑戦で見事4段に昇格し現行三段リーグ制度導入以降では藤井聡太くん。

渡辺明氏(現在の竜王)に継ぐ3番目となる年少での出世をしています

通算でも藤井聡太、加藤一二三、谷川浩司、羽生善治、渡辺明に次ぐ

6番目の年少記録です。

将来的には佐々木勇気五段も聡太君ともライバル関係ですね。

△佐々木勇気五段

そこで、これまで中学生棋士となった方々です。

     

△藤井聡太四段      △加藤一二三九段     △谷川浩司九段

   

△羽生善治三冠        △渡辺明竜王

 

聡太君の入会する東海研修会は名古屋市中心部の栄町にあるので

自宅から電車で40分掛かります小学校1年生が一人で行く訳に行きません。

父母どちらかが付き添いですよね。

聡太君は将棋だけに時間を費やしている訳では有りません。

小学4年生の時に関心のあることとして将棋の次に

「読書、竜王戦の結果、尖閣諸島問題、南海トラフト地震、原発」

等とあげて新聞も隈無く読んでいたのです。

小学5年生の時には司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読破しています。

スポーツも球技は苦手ですが中学2年生の時には50m走6.8秒で走っています。

中学2年生の平均タイムが7.91秒ですから結構速いですね!

運動会ではリレーの選手でしょうね!

藤井聡太君がプロデビューする前は加藤一二三九段(77歳)がこれまでの年少記録を持っていたのです。

・・・・・・下記の関連記事に続きます・・・・・・

最後までお読みいただきありがとうございます。

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