海部陽介のwikiプロフィール!家族や高校についても紹介

こんにちは!今日もご訪問いただきありがとうございます。

日本人は、どこから来たか?

古代人がどのように海を渡って日本列島にたどりついたか?

さまざまな周辺調査の上、実際に草舟を作り海図も磁石もない状態で

台湾から与那国島へ渡るプロジェクトに挑んでいる人がいるのです。

人類進化学者の海部陽介さんです

古代舟を復元し、同じルートで航海する国立科学博物館のプロジェクトを主導しております。

SWITCHインタビュー 達人達(たち)で7月14日(土)に放送されます。

早速、海部さんに迫ってみました。

 

スポンサーリンク

海部陽介のwiki風プロフ

◆ 名前:海部陽介(かいふようすけ)

◆ 生年月日:1969年?月?日(46歳)

◆ 出身地:東京都生まれ

◆ 学歴:東京大学理学部卒業、東京大学大学院理学系研究科博士課程中退。理学博士

◆ 職業:人類進化学者

1995年より国立科学博物館に勤務し、現在は人類史研究グループ長。

第9回(平成24年度)日本学術振興会賞。

化石などを通して約200万年にわたるアジアの人類史を研究し、

ジャワ原人、フローレス原人などの研究で業績をあげてきた。

海部陽介さんの研究は?

アフリカを起源とするホモ・サピエンス(新人)が、

大陸と陸続きだった台湾から日本列島に到着したのは約3万年前と言われております。

私たちの祖先は、小さな舟にどんな技術を備え、どんな思いで旅したのだろうか?

古代舟を復元し、同じルートで航海する国立科学博物館のプロジェクトを主導しております。

大陸だけでも十分生きていけたのに、なぜ人類は海を渡ったのか?

仲間に追い出されたなど諸説あるが、海部さんの考えは

「彼らは挑戦したかった。そして渡れる自信もあった」
というものでした。

「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」とは?

最初の日本列島人は、3万年以上前に、海を越えてやってきたことがわかってきました。

その大航海の謎に迫るために始動したのが、このプロジェクトです。
3万5000~3万年前に、突如として現われる琉球列島の人類遺跡。
これは人類が海を渡り、遠くの島へ進出できるようになったことを物語っています。

 

偶然の漂流ではなかったはずです。

多数の男女が集団で渡らなければ、島で人口を維持できません。

ともかく、祖先たちは移住に成功したということは事実なのです。

わからないのは、どうやって来たか?という事なのです。

これを証明しようと言うのです。

さらに本州では、3万8000年前に伊豆の島から黒曜石を運び込んでいた証拠があり、

当時から意図的な航海が行われていたことが明らかなのです。

沖縄の島への進出は、当時の人類が成し遂げた最も難しい航海だったに違いありません。

数十から200 km以上に及ぶ島間距離に加え、

世界最大の海流である黒潮が、当時も今のように行く手を阻んでいた可能性が高いからです。

大変面白いプロジェクトで、夢があります。

3万年前の舟の有力候補の1つ草舟で、与那国島に自生しているヒメガマという草を刈り、

ツル植物で縛って舟をつくったのです。

そして、海流(潮の流れ)、太陽の位置(季節含め)、風邪、星などが

方向を求める指針になったと想像されます。

当然、何度も失敗はあったことでしょう!

船は、草に加えて、竹や木の可能性も探ります。

帆は、縄文時代に存在した証拠がないので、

3万年前の舟も基本的に漕ぎ舟だったと思われますが、

はたして3日間漕ぎ続けることは可能なのでしょうか?

そして祖先たちは、見えない島へ、どうやってたどり着いたのでしょうか

スポンサーリンク

海部陽介の家族は?

残念ながら、情報がありませんでした。

見つけ次第、付記いたします。

最後までお読みいただきありがとうございます。

スポンサーリンク

 

関連記事はコチラ