カズオ・イシグロ(ノーベル文学賞)さんとはどんな人?日本人ではないの?

こんにちは!今日もご訪問いただきありがとうございます。

スウェーデン・アカデミーは5日、2017年のノーベル文学賞

長崎県出身の日系英国人で作家のカズオ・イシグロさん(62)に授与すると発表した。

授賞理由は

「偉大な感情の力をもつ小説で、我々の世界とのつながりの感覚が不確かなものでしかないという、

底知れない淵を明らかにした」などとした。

イシグロさんはロンドンで会見し

「世界が不安定な状況の中で、小さな形でも平和に貢献できればうれしい」と語った。

授賞式は12月10日にストックホルムで行われ、賞金900万スウェーデンクローナ

(約1億2400万円)が贈られる。

長崎県出身の日系英国人と言いますが、どんな人なのでしょうか?

早速、迫ってみました。

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カズオ・イシグロのwiki風プロフ

◆ 名前:カズオ・イシグロ

◆ 生年月日:1954年11月8日(62歳)

◆ 出身地:長崎県長崎市(ロンドン在住)

◆ 国籍:日本→イギリス

◆ 学歴:ケント大学→イースト・アングリア大学大学院

◆ 職業:小説家(日系イギリス人作家)

◆ ジャンル:小説

◆ 活動期間:1981年~

◆ 主な受賞歴:ブッカー賞(1989)、ノーベル文学賞(2017)

カズオ・イシグロさんの生い立ち

長崎県長崎市新中川町で海洋学者の父・石黒鎮雄と母・静子の間に生まれたのですね。

幼少期には長崎市内の幼稚園に通っていたそうです。

1960年、5歳の時にイギリス政府に国立海洋学研究所

(en:National Oceanography Centre)に招致されて勤務する父が

北海で油田調査をすることになり、一家でサリー州・ギルドフォードに移住し、

当然のように現地の小学校・グラマースクールに通いました。

卒業後にギャップ・イヤーを取り、北米を旅行したり、

(ギャップ・イヤーとは、高等学校卒業から大学への入学、

あるいは大学卒業から大学院への進学までの期間のこと。

英語圏の大学の中には入試から入学までの期間をあえて長く設定して

(初夏卒業・秋入学)、その間に大学では得られない経験をすることが推奨されている。)

デモテープを制作しレコード会社に送ったりしていた。

いろいろ経験できるメリットがありますね。

1978年にケント大学英文学科、

1980年にはイースト・アングリア大学大学院創作学科に進み、

批評家で作家マルカム・ブラッドベリの指導を受け、小説を書き始めた。

卒業後に一時はミュージシャンを目指すも、文学者に進路を転じたのですが、

音楽との関係は不明です。

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カズオ・イシグロさんはどんな人か?

1995年に大英帝国勲章(オフィサー)、1998年にフランス芸術文化勲章を受章しており、

十分評価が高い方だったのですね!

2008年には『タイムズ』紙上で、

「1945年以降の英文学で最も重要な50人の作家」の一人に選ばれた。

これも、特質すべき評価ですね!

主な作品には、「わたしたちが孤児だったころ」「わたしを離さないで」がある。

綾瀬はるかは「主人公を演じさせて頂いた「わたしを離さないで」は

私にとっても宝物です。」

と述べております。

また、お会いしていろいろお話する機会があったようで、幸せ者の一人になりましたね!

作品の特徴として、「違和感」「むなしさ」など感情を抱く登場人物が

過去を曖昧な記憶や思い込みを基に会話・回想する形で描き出されることで、

人間の弱さや、互いの認知の齟齬が読み進めるたびに浮かび上がるものが多い。

この中に“日本の習慣や伝統”がどのように生かされえいるかが気になりますね!

分かり次第、追記していきます。

以下の“日本とのかかわり”の中に隠されているようです。

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カズオ・イシグロさんの日本とのかかわりは?

両親とも日本人で、本人も成人するまで日本国籍であったが、

幼年期に渡英しており、日本語はほとんど話すことができないとしている。

しかし、2015年1月20日に英国紙のガーディアンでは英語が話されていない

家で育ったことや母親とは今でも日本語で会話すると述べているのですね。

さらに英語が母国語の質問者に対して、

「I’m pretty rocky, especially around vernacular and such. 」など

「言語学的には同じくらいの堅固な(英語の)基盤を持っていませんと返答している。

この点は、少々疑問を感じるのですが、本人の思いなのでしょう!

最初の2作は日本を舞台に書かれたものであるが、

自身の作品には日本の小説との類似性はほとんどないと語っている。

1990年のインタビューでは「もし偽名で作品を書いて、

表紙に別人の写真を載せれば『日本の作家を思わせる』などという読者は

誰もいないだろう」と述べている。

この点から、本人は、日本よりイギリスの習慣や心が染みついていると言っているようですね!

谷崎潤一郎など多少の影響を与えた日本人作家はいるものの、

むしろ小津安二郎や成瀬巳喜男などの1950年代の日本映画により

強く影響されているとイシグロは語っている。

日本を題材とする作品には、上記の日本映画に加えて、

幼いころ過ごした長崎の情景から作り上げた独特の日本像が反映されていると報道されている。

この言葉を聞くと安心しますよね!

日本の心は十分染みついているようですね!

1989年に国際交流基金の短期滞在プログラムで再来日し、

大江健三郎と対談した際、最初の2作で描いた日本は想像の産物であったと語り、

「私はこの他国、強い絆を感じていた非常に重要な他国の、

強いイメージを頭の中に抱えながら育った。

英国で私はいつも、この想像上の日本というものを頭の中で思い描いていた」

と述べた。

やはり、日本人なのですね!

2017年10月のノーベル文学賞の受賞後にインタビューで、

「予期せぬニュースで驚いています。日本語を話す日本人の両親のもとで

育ったので、両親の目を通して世界を見つめていました。

私の一部は日本人なのです。

私がこれまで書いてきたテーマがささやかでも、

この不確かな時代に少しでも役に立てればいいなと思います」

と答えた。

これを聞いて、安心しますね!
日本人なのですよ(笑)

(出典:ウイキペディア)

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まとめ

日本人とみなして、喜び歓迎しましょう!

大変、素晴らしい実績となりましたね!

世界中が祝福することでしょう!

最後までお読みいただきありがとうございます。

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