【北朝鮮】金正男暗殺の謎の女性真犯人とは誰か?新情報とは?兄弟の確執か?

こんにちは!今日もご訪問いただきありがとうございます。

今年2月、マレーシア・クアラルンプール国際空港で、

北朝鮮最高指導者の兄である金正男氏が暗殺されました。

2人の女容疑者による映画のような毒殺劇に世界が衝撃を受け、

現地にはマスコミが殺到しました。女容疑者は逮捕されましたが、

事件の真相は闇に包まれたまま…。

しかし、事件にまつわる「驚がくの新事実」が浮かび上がりました。

長年連れ添って愛人の存在が明らかになり、

なんと「北朝鮮のスパイ」だったと言うのです。

詳しくは、10月10日の

「衝撃スクープSP 金正男暗殺の真相 ~北朝鮮・史上最大の兄弟ゲンカ全記録~」

で、9時から放送されます。

それに先立ち、概要のさわりを纏めて見ました。

包装の内容をじかに見たい方は↓↓をクリックしてください。

「金正男暗殺事件の真相」衝撃スクープ放送の全貌(10月11日追記)

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真犯人は愛人の女性だった?

マレーシア警察の内部情報では、一人の“美人スパイ”の関与が囁かれていると言うのです。

2010年の5月に取られた「ペインでの愛人と愛犬の写真」を示し、

隣で微笑んでいる女性が愛人の「S」だと言うのです。

8年前に、マカオの空港で彼女にあったと言う記者は、

「すらりとした手足で、白く眩しかった。正男氏とのやり取りのなかで、

正男氏が彼女をとても大切にしていることが伝わってきた。」

と言うのです。

15年以上もの間、正男氏と生活を共にしてきた彼女です。

だが、その彼女をマレーシア警察は、マークしているのです。

愛人のスパイ活動は?

彼女は北朝鮮のスパイだと言うのです。

彼女は正男氏の動向を北朝鮮に密告していたのです。

正男氏の暗殺は何年もかけて用意周到に準備されたものだったのか・・・?

マカオのネオン街が眩しいカジノ街から離れた一角に、

タイパ島の高級住宅街にあるひときわ高くそびえたつ

高層マンションに住んでいるのです。

正男氏の死後は、一層にガードが固く取材は難航しているのです。

記者は十年にも渡って取材をしており、

非公式取材でテレビ放映されることはなかったそうですが、

この度は、どこまで語られるのか楽しみです。

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金正男と金正恩は異母兄弟に確執があった?

正男氏が2001年に成田空港で拘束された際に芽生えたようです。

正男氏は、記者に

「私が日本に亡命しようとしたと、ある事ないことを

父(金正日)に吹き込んだんだ。命の危険すら感じた。」

と、話しており、日本での拘束事件を利用して、正恩氏とその母・高英姫氏は

正男氏を後継者候補から蹴落とそうとしたと言うのです。

さらにさかのぼって、正恩氏の後見人で会った叔父・張成沢を公開処刑したが、

世界中で独裁政権を見渡しても、ロイヤルファミリーの一員をこのように

処刑する政権はなかったのです。

記者には、正男氏から

「次は正恩が死ぬ番だ!」

と返信が来たそうです。

このように、正男氏と正恩氏との確執は、根が深く重いものだったのです。

「金正男暗殺事件の真相」衝撃スクープ放送の全貌(10月11日追記)

10月8日・衝撃スクープ「金正男暗殺事件の真相」が、

放送されました、箇条書きに以下に事実を示します。

◆ 襲撃から1時間30分後、ストレッチャーに載せられた金正男氏の遺体が

エレベーターに載せられた画像が示された。

しかし、病院に到着する前に、息絶えたのです。

マレーシア・国際空港⑨安蘭プールでの金正男氏の暗殺事件です。

◆ 犯行現場は、人々が行きかう空港ロビーで、白昼の暗殺だったのです、

◆ 容疑者は北朝鮮の人間であることが発表されたが、直後に国外に逃亡したのです。

◆ 容疑者は、北朝鮮工作員リ・ジェナム、ホン・ソンハク、オ・ジョンギルと特定されたのです。

◆ 逮捕された女実行犯は、シティ・アイシャ(インドネシア国籍)、

ドアン・ティ・フォンだった。

◆ 暗殺実行犯の供述調書から、暗殺実行までの周到な準備が浮かび上がったのです。

◆ 金正男の命を奪ったのは、化学兵器“VX神経剤(VX nerve agent)”だった。

◆ 金正男氏が倒れて椅子から落下した時は、口から吐血し泡も噴出してのです。

◆ 暗殺の陰に“謎の女”が存在することを突き止めたのです。

◆ 彼女が、金正男氏を監視していたのです。

――まるで、映画のような毒殺だったのですーーー

◆ 2日後に実行犯の女子2人が逮捕されたのです。

◆ 初公判では、否認し続けたのです、

◆ 「いたずら動画の撮影だと思った。」「殺人とは知らなかった。」

◆ 未開放の映像を解析した。(映像解析スペシャリスト・小瀬聡幸調査官)

「短い時間で複雑な動きをしており、計画訓練された結果の動きなのです。

顔に手を押し当てる仕草が、しっかり押さえようと肱も曲がっております。」

わずか3秒に時間だったのです。

女たちはすぐさま、手を上にあげてり、開き気味にして歩いて逃走したのです。

遺体の検証から、猛毒の“VX神経剤”が検出されたことを発表しました。

何故、VX殺人には実行犯は2人が必要だったのか?

「2つの物質を顔の上で混ぜて反応させた。いわゆるバイナリーと言うやり方なのです。」

このバイナリーでは特有鵜の現象が伴うのです。

「非常に臭いにおいがする、通常のVXではほとんど気化しない、においもないが、

彼の顔から匂いが立ち上っていた可能性が大きいと思います。」

((株)重松製作所主任研究員・濱田昌彦元陸上自衛隊化学学校副校長)

防犯カメラは、襲撃後トイレから出てくるフオン被告が捕らえられているのです。

毒物と認識していたから、手を洗ったと警察は認識しているのです。

金正男氏殺害実行の準備は?

<後日追記>

金正男氏の“ランカムイ島”で何があった?

◆ 金正男氏は、インド洋に浮かぶ“ランカムイ島”を訪れていた。

◆ ここで、アメリカ諜報員とあっていたと言う?何の目的があったのか?

◆ 「この密会によって金正男は殺された?」(マレーシア警察に近い情報提供者)

◆ 金正男氏のバッグには他国の紙幣(ユーロ、中国元、米ドル紙幣)と共に、

① 膨大なアメリカドル紙幣があった。
② 消えたUSBメモリー

◆ 高級ホテルの742号室だった。1週間の滞在だった。

2017年2月13日、午前7時30分、ホテルを出ると運転手が待っていた。

身の安全を考えて、一般のタクシーは使わず、いつもの運転手だった。

ホテルから空港までは1時間弱。10時50十分のフライト(マカオ行き)だった。

格安航空券を持っていたのです。

パスポートは北朝鮮籍だったが、偽名だった・・キム・チョル

空港には午前8時58分だった。防犯カメラが行動を記録していたのです。

3階の出発ロビーに向かったのです。

フライト時刻を確認し、自動チェックイン機に向かったのです。(襲撃1分30秒前)

ロビーには実効犯の2組男女ペア―が潜んでいた。

実効犯の男は女の手に謎の液体(透明)を垂らした。

“こっちを見るな!彼だけを見ろ!”と指示された。

もう一人の女も掌に液体を塗り、金正男に近づいた。

チェックイン操作をしている金正男の顔にその液体を素早く塗り付け、

続けてもうほとりの女も手の液体を塗り付けたのです。

それは、わずか3秒足らずの出来事だった。

直後、二人の女は現場から走り去った。

その後、女性職員に訴え、“顔に液体を塗られた”とゼスチュアで訴えたのです。

医務室に行く途中で、警察官にも訴えたのです。

警察官は、異様な匂いに後ずさりする程でした。

一人の警察官は、

「女二人に酸のようなものを掛けられた。彼は濡れていて薬品の匂いがした。

強烈な匂いで思わず離れました。

その匂いはかなり刺激が強く、すぐに化学薬品だとわかりました。

彼に警察と医務室どちらに行くかと聞いたら、

“具合が悪いので医務室に生きたい”と3回も繰り返したのです。

彼のお様子に異常を感じすぐに医務室へ連れて行きました。」と言ったそうです。

医務室に行く間に何度も“目がぼやける”“気持ちが悪い、耐えられない”

と言っていたのです。

受付する前に意識を失いかけていたのです。椅子に掛けて間もなく

「後ろで椅子から落ちるような音がして、歩r剥くと彼が倒れていました。

口から泡と血があふれていました。」

医務室は騒然となり、事態は一刻を争う事態となり救急搬送されたのです。

遺体安置所に、北朝鮮の領事部長(キム・ユソン)が現れて遺体を確認したのです。

男は、遺体の写真を何枚か撮った。おそらくは北朝鮮に送ったことでしょう。

金正男の暗殺の理由は?

◆ 金正男氏は、1971年5月8日、北朝鮮。平壌で誕生した。

◆ 父は金正日総書記、母はソン・ヘリムだった。

◆ 異母兄弟の金正恩の13歳上だった。

◆ 金正男氏は、後継者だったのです。

◆ 「オシッコの面倒見るほどの寵愛ぶりだったのです。」

◆ スイスなどに留学し、外の事情を知った正男氏は、

北朝鮮の生活に疑念を抱くようになったそうです。

◆ 「経済を学び、いつか北朝鮮を豊かにしたい」との野望を持っていたそうです。

◆ 「父親が鑑賞して来るから、意見がぶつかる」とも漏らしていたのです。

◆ 父親の“先軍政治”と正男氏の経済優先の政治とは相いれないものだったのです。

◆ 正男氏の母は、北朝鮮から追い払われるように、モスクワで暮らしていたのです。

◆ 徹講師のある3階の部屋で、“幽閉”に等しかったのです。

◆ その時はすでに、アユミと言う女がいたのです。

◆ この人こそが“金正恩”の母なのです。その名は、“コ・ヨンヒ(21歳)”だったのです。

◆ 在日朝鮮人だった。踊り子として活躍していたのです。

◆ 1984年、金正恩を産んだのです。

◆ 事実上本妻となった“コ・ヨンヒ”はわが子を後継者にと画策したのです。

◆ 正男氏29歳、正恩氏17歳の時、決定的事件が起きたのです。

日本に密入国しようとして、入国管理局に拘束されたのです。

後継者問題が取りざたされている最中の出来事だったのです。

正男氏は、

「父はカンカンに怒った。また、コ・ヨンある事ないことを言った。」

彼女が、正日に囁いたのは、

「金正男は、亡命する気だったらしいですよ!」

この事件を境に正男氏は、後継者候補から完全に外されたと言われているのです。

その後正男氏は、平壌を離れて世界各地を転々とし始めたのです。

金正男氏への中国の思いは?

◆ 中国は正男氏を何かの時に利用しようとしていたのです。
中國への滞在が増え、自由を満喫していたのです。

◆ 2007年、正男氏に中国で遭遇!・・藤田水美記者だった。

正男氏は、次第に心を開いたのです。

◆ 「私は、命が危ないと思い、北京に残ることにした。」

命の危険を感じ取っていたにです。

金正恩の襲撃と金正日の死は?

◆ 「金正男氏に対する攻撃は何度もあった。」(元韓国情報機関幹部・キム・ジョンボン氏)

◆ 「北朝鮮のウアム閣と言う場所で、そこで起きた事件を境に、

北朝鮮における金正男氏の影響力はほぼ失われました。」

ウアム閣とは金ファミリーの別荘です。ここで金正男氏の招きで側近たちが集まり、

あるパーティをするために待っていたのですが、

秘密警察(国家安全保衛部)に一網打尽につかまってしまったのです。

理由は、“外国製のDVDを持っていた”からだった。

「金正恩が権力を完全に握るため、金正男の勢力を完全に根絶しようとしたのです。」

◆ 2011年、金正日(43歳)死亡しました。

◆ 葬儀には、金正男氏は参列せず、決定的になったのです。

◆ 記者との面談で、金正男氏は、

「まだ茫然としているよ!父は私にとって最大の喜びと

最大の恐怖を与える人だった。」

正男氏は、完全に後ろ盾を失ったのです。

金正恩の先軍政治の結果は?

政権発足以来5年で、340人以上の粛正を実施し、

叔父である“張成沢氏”も処刑したのです。

正恩氏の政権発足後1年4ヶ月後、藤田記者が正男氏に会った。

中国はなぜ金正男氏を見放したか?

2013年5月、シンガポールで、酒に酔った正男氏に会い、

「中国は利用するときには、もてなして、いらなくなったら

放り出すんだよ!おかげでこのざまだ!あんな若造に何が出来る?」

中國は見限ったのです。その背景は、

「中国は金正日が倒れたら、北朝鮮に政治介入しようと目論んでいました。

その時、長男の金正男氏を暫定的な支配者に担ぎ出そうという考えがあった。

」(キム・ジョンボン氏)

もしも、北朝鮮で混乱が起きた場合、中国の粋のかかったものが政権を握れば、

自在にコントロールできる。その指導者として金正男氏は

極めて利用価値が高かったのです。

だが、新たに走り出した金正恩政権は、中国に付け入るスキを与えなかった。

政治介入を断念した中国は、それまで保護していた正男氏を捨てたのです。

正男氏の生活はあれ始めていたのです。

「もうどうでもいいんだ」

「どうにかしたいと思っても何が変わると言うのか?」

中國の庇護を失った正男氏は、弟(金正恩)に宛てた手紙は、

「私達は、行くところも逃げるところもなく、逃げ道は自殺だとよく分かっている。

私や私の家族を助けてください。」

だが、願いは届かなかったのです

(10月11日追記)

まとめ

いかがでしたか?

10月10日の放送が楽しみです。

どんな新事実が語られるの尾でしょうか?

◆ 真犯人は愛人の女性だった?

◆ 愛人のスパイ活動は?

◆ 金正男と金正恩は異母兄弟に確執があった?

◆「金正男暗殺事件の真相」衝撃スクープ放送の全貌(10月11日追記)

についてまとめました。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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