ブルゾンちえみの24時間マラソン「舞台裏」、芸人能力の限界だった!

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ブルゾンちえみが、24時間マラソンで、見事に完走しました。

1年前にはとても想像できなかった姿に、本人自身が驚いております。

ピン芸人として、1月にブレイクし、今や人気を独り占めしております。

去年の8月には、”芸人としての能力に限界”を感じて

故郷に帰ろうかとも思っていたそうです。

この度のマラソンで、”1000万人の男性ファン”が増えたと言う人もおります。

坂本トレーナーとの秘話も、最後かもしれませんので、大変の友情が醸成されました。

次の日には、2時間スペシャルで実況の推移が放送されました。

時間を追って、箇条書きにまとめました。

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ブルゾンちえみの24時間マラソン「舞台裏」①

マラソン終了後の生放送から、生の声や裏話が漏れてきました。

箇条書きにまとめました。

◆ 一番最初に練習し始めた時は「私かな?」と思ったのですが、

近付けば近づくほど皆さんが同じ練習量になってきて、

“みやぞん”“池崎さん”も3日に1度は練習していたのです。

◆ 羽鳥さん・東野さんの可能性も聞こえてきていたのです。

◆ 指名されて実感もわかないうちにスタートして、

走りながら、徐々に実感がわいてきたのです。

◆ これから“ランウエイで歩くための衣装合わせに行く”

と言われて呼び出されたのです・

◆ ピンチは、左足が全然だめになった時でした。

そして、右足もダメになって身動きが取れなくなったのです。

歩くしかなかったのです。

いわゆる、股関節です。(坂本トレーナーと同じところです。)

◆ 坂本夫妻のVTRを見て“ボロボロ”泣いていたら、ランウエイに!と呼ばれたのです。

◆ 練習している時もずーと話をしており、普段お生活の癒しになっていたのです。

練習をしに行くと言うよりは“坂本さん”と話しに行く感じで練習をしていて楽しかった。

◆ 最後は、“しんどい”と思いつつ走っていたが、

武道館に近づくと急に開けて、後は昇るだけになって,

そこだけレッドカーペットのように“キラキラ”したものを感じました。

◆ With Bが応援に来た時には、疲かれているので“楽しませて”欲しかった!

そうでなかった!

◆ 2年目でこうなったが・・1年前は“ネタ”が出来なさ過ぎて、

「芸人に向いて二のかもしれない」「才能がない

「早めに諦めたほうがいいかな?」

と悩んでいたのが去年の8月だったのです。

この8月は自分のなかでは“感慨深い”ものがあるのです。

1年後のこんな事になっているとは“思ってもいない”ことなのです。

「走っている姿を見て1千万人の男が惚れたと思う」と北村弁護士が言ったのです。

◆ブ ルゾンちえみは「ほんとですが?」と信じられない様子でした。

◆ スポーツブラなんですね!と言われて、「そうです!それ用のブラ」ですと話したのでした。

“男性ファンが増える”から、ここまで話が発展したのです。

◆ 今一番したいことは、

「シャワーにも入りたいが、パンツを取り換えたい」と直言したのです。

パンツ以外は全部替えたのですがパンツだけは機会がなかったのです。

◆「一夜明けて、実感が一気にきました」とチエミは話すのです。

異例ずくめの24時間マラソンの壮絶な舞台裏②

◆ 芸能界ではまだ駆け出しなのです。

私が選ばれていいのかとも思ったのです。

◆ 坂本トレーナーは

「ゴールまでは平たんに行くかは分からないが、

何があっても受け止める気持ちがあればいい!リカバリーはできるから。」

と最初に伝えたのです。

坂本トレーナーは、69歳で股関節の手術も行っており、

伴走はできないのです。

◆「途中のトラブルとか捻挫をするとかないように、長い事、同じ運動をしていると

その人の本当の癖が出てくるから、その癖が出た時に故障に繋がらないように

見てあげて、対応する」

ことが必要と坂本さんは話すのです。

◆「今年のマラソンランナーはあなたです!」

と告げられえ感動・心の準備をする暇もなくすぐさまにスタート地点に移動したのでした。

その車の中で、スタッフから注意点が告げられたのです。

 

「とにかく坂本さんとマラソン班を信頼してやっていただきたいと思います。

 

25年やっているチームですので、信用してやってほしい。」

◆ その後、ブリリアンのコージ、ダイキに伝えられたのです、

「ヤバイよ!」と考え込んだのです。

◆ ブルーシートと段ボール箱で姿を隠して舞台裏まで進める用心の仕方だったのです。

名前が発表されると会場スタッフの間が騒然となりました。

「光栄です、坂本さんにお任せして最後まで走り切りたいと思います」

と、挨拶・宣言したのです。

◆ 坂本さんは、練習中の「ブルゾンちえみ」の練習を、

「例年より練習の回数は少ないけど、回数の問題を気にすることないくらい優秀です。」

と評価したのです。

「メンタル面もめっちゃ強く、半端ないと思う。」

と、実力は、坂本さんが太鼓判を押したのです。

◆ 走行ペースは順調に進んだのです。

汗も少ないのは、

「見られていることを意識して、気が張っているからだ!」

と、笑顔で答える余裕もあったのです。

◆ 休憩ごとに現れる坂本さん!自らお盆に水を数種類用意して差し出すのでした。

◆ 「まだ13kmちょっと、あまりペースを上げないで、今のペースでいいと思うよ

時速では8km前後が一番いい!1kmのスピードにすると、7分20秒くらいが理想」

とアドバイスするのでした。

「早く走る必要は全くなく、確実に行ってもらった方がいい。」

◆ このマラソンは、チームプレイで、休憩する間は、水、レモン、温湿布、

揉む人、蚊取り線香など心づくしが随所に見られるのです。

◆ 若いころからは、体重が20kgも増え、膝の弱点があったのです。

「膝がカチコチになっちゃって、もう歩きたい。

これ以上距離が延びるとどうなるんだろう?と言う時期もあった」

と振り返るのでした。

◆ 30kmを過ぎたのは、深夜だったが、

沿道には熱心なファンが声をかけて応援してくれたのです。

◆ 朝食は、なめこのみそ汁で、要望して用意してもらったものだった。

「自分は何もしなくても、スタッフがすべてやってくれるのでありがたい。

時計もなく、情報もゼロ!」

これでいいのかと思うのでした、

◆ 1時間ほどの仮眠の後に「わき腹の痛み」は想定外だった。

走る姿勢や手の上げ下げなどをしながら走り何とか大事に至らず収まったのです。

サポーターの真剣なまなざしが印象的でした。

◆ 去年のランナーの林家泰平が陣中見舞いに来て「頑張れ完走!花火の実演」で笑いを取り

疲れをいやしたのです。

◆ 泰平さんが坂本トレーナーの恩を語り始めると

「選ばれなかったら、本当に寂しいなと思って、仕事の合間に練習したが、

嫌じゃなくて、坂本さんと話していると“癒しの時間”になっていた。

走っている間は楽しいのです、--涙ながら・・――」

「芸人なんだから、壁にぶち当たった時に、このマラソンを経験していれば、

なんでも頑張れる。応援してくれる人もこんなにいるのです。頑張って!」

と励まされて握手をして別れたのです。

走った者にしかわからないものがあるのです。

◆ ブルゾンの先輩たちが沿道で声援を送ってくれたのを見て、

顔をくしゃくしゃにしたのでした。

(まんぷくフーフー・・松丸ほるもん・マービンJr.)

「笑うと思ったのに、泣いてしまったね!」と突っ込まれたのです。

◆ ブルゾンへの手紙を披露したのです。

「今24時間テレビのランナーやってるって本当にすごいよね!

噛みしめてる?私は凄く噛みしめています。(涙する)

ブルゾンが走って頑張っている姿見ているだけで、励みになるし、

私も頑張ろうと思います。

インタービューされて『真面目以外にどんな人?』と聞かれたら、

困るくらい真面目としかいいようがないし、泣いたってエピソードばかり聞くけど、

ゴールするまでは泣かずに、ゴールしたら格好いい完走泣きを見せてください。

がんばれ!ブルゾンちえみ!」

ありがとうと涙して顔を抑えたのですが化粧は健全でした(笑)

「来てくれてめっちゃ元気になりました」と返したのです。

◆ はるな愛さんからは、「焼きそば」が差し入れられております。

◆ 2012年ランナーの北斗晶・佐々木健介さんからは、

毎年手造りの梅ジュースを選手やサポートスタッフに差し入れてくださるのです。

◆ 60kmを超えたあたりから、笑みが消えたのです。

◆ 左足のかばう癖があり、痛み出したのです。歩くことも多くなってきたのです。

◆ 坂本さんの奥さん・節子さんがすい臓がんに侵されていることが判明し、

「青天の霹靂」だったのです。

4つの臓器(すい臓・脾臓・十二指腸・胆のう)を嫡出手術をしたのです。

2人には子供がいないので、坂本さんは、家事の全てをするようになったのです。

「私はこの人によって、自分に人生を紡いでいただいた。

彼女が大病を患ったり大変なことになったのは現実だが、

今自分のしていることなんて何とも思わない。

得難い人と巡り会えたことが、幸せだと思うのです。」

◆ 昔はつなげなかった手を、毎日繋いで歩くのです。周りの人が笑うのです。

◆ そんな坂本さんに悔やみきれない思いがあるのです。

伴走してやりたくても出来ない不甲斐なさ!声を殺して涙するのです。

「ランナーに寄り添うことが出来ないのが悔しい・情けないのです。」

◆ 坂本さんは、「ここからちょっとだけ一緒に走ります。

俺 走れてないし、自分で一人になった時悲しくて、

“俺は一体何なんだと思っちゃう”

長い距離はできないけど、早くも走れないけど、押したい、ハートの部分で押し上げたい。」

笑顔で話しながら少々併走したのです。

隣にいるだけで足の痛みも忘れるのです。

坂本さんは、すぐに移動車に戻り無念さを隠さなかったのです。

節子さんを支え、ブルゾンを支えて“支える”ことの奥深さをかみしめていたのです。

◆ あと3時間の頃、伴走の中川さんが、

「研ナオコさん(2001年ランナー)より前、は伴走って初めから最後までしていない。

女性ランナーだから、通しで伴走するようになった。

そもそも伴走は部分部分だったのです。トレーナーのケアは、

隣にいたら心強いけども、一番苦しいときに見えて

休憩所でフォローしてもらえるのがいい。」

これからのスタイルとしては、それがいいと思う。

今は(伴走できない)過渡期で悔しい。

と話すのでした。

◆ 日が落ちてもペースはこれまでになく順調だったのです。

ブルゾンちえみは祝福されているのではないかと思う。

ピン芸人のブルゾンチエミはおとといまでは、

決して誰もが知る有名芸能人ではなかった。

だが、昨日の夜には状況は一変していたのです。

スポットライトを独り占めにして、期待を一身に集めている。

その実感が、果たして本人にあったかどうかは定かではない。

◆ 刻々と武道館に近づいていたのです。

瞬間視聴率が、40,5%と言う驚異定期数字をたたき出したのです。

その瞬間が近づいていた。

◆最後の上り坂に入ったと言うアナウンサーの声が高々に聞こえました。

「1年前には考えられなかった今の自分の姿です!」

「涙はありません!涙はありません!最後の最後まで両腕を振っています!」

ランナーはけなげに加速した。まさかの合流に坂本さんが手を差し伸べたのです。

一気に増えた涙がいとおしいのです。

背中のそえた手が坂本さんの万感の思いが伝わります。

「私の頑張りで力をもらえる人がいるなら走りたい!」

と言ったブルゾンちえみが今ここにゴールするのです。

このたぐいまれな経験をあなたは10年後どのように振り返るのだろうか?

◆ いくつもの人間模様に支えられて走った90km!

◆ 坂本トレーナーも涙を隠しませんでした。

◆ withBの「完走」「おめでとう」のお腹の文字も印象的だった!

◆ 最後にブルゾンチエミは

「一方向しか見ていなかったのですが、こうして“裏の画像”を見て、

各方面の方々の支援が分かり、実感しました。」

◆ 坂本さんに手紙を書いていたのです。

「坂本さんへ、この1ケ月間ありがとうございました。

24時間テレビで走るのかは知らないのか?分からない状態で手紙を書いているので、

もし、走っていたら手紙を書いている今よりもっとお世話になっているでしょうから、

感謝の言葉も変わって来ると思うのですが、

24時間ランナーに選ばれていなかったとしても、

私は再び走れることが本当にうれしかったです。

この機会がなかったら、これからの人生ずーと走りたいなとムズムズ

億劫な気持ちを持ち続けていたと思います。

坂本さんと練習するとき話をするのが私にとって

楽しくて癒されるリフレッシュなかけがえのなお時間でした。

本当にありがとうございました。」

坂本さんは、

「思いがけないので、戸惑っています。90キロ走り切ったのは、

ちえみさん自身にこれからの次の頑張りのときに、

きっとどこかで支えてくれる種になってくれたらいいなと思います。」

と、坂本さんは言ったのです。

アナウンサーは坂本さんに

「来年も頑張ってください」と、結んだのですが果たして??

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まとめ

いかがでしたか?

今年は、どんな成長が見られるのでしょうか?

増えた男性ファンは、応援しましょう!

◆ ブルゾンちえみの24時間マラソン「舞台裏」①

◆ 異例ずくめの24時間マラソンの壮絶な舞台裏②

についてまとめました。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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