ブルゾンちえみの本名・藤原史織、得意スポーツはマラソンだったが リタイヤ寸前だった!

こんにちは!今日もご訪問いただきありがとうございます。

https://twitter.com/x6ZEk5mtYRhu0O8/status/901776985830998017

26日に夜にスタートした日本テレビ系「24時間テレビ40 愛は地球を救う」の

チャリティーマラソンに初挑戦した、タレントのブルゾンちえみ(27)が

27日午後8時48分、日本武道館にゴールし、放送時間内で見事に90キロを完走した。

高校時代、自身に生きる希望を与えてくれた陸上部の顧問・坪井恭紀氏の娘が

悪性リンパ腫に冒されていることから、「力になりたい」とマラソン挑戦を決意。

最後は万感の思いを込めて、ゴールに飛び込んだ。

しかし、途中ではリタイヤ寸前まで追いつめられていたことを明かしたのです。

本名も明らかになり、高校時代はスリムな陸上部で、

マラソンが得意な選手だったのです。

高校時代からの状況や、リタイヤ寸前の状況を調べたのでみてください。

早速、迫ってみました。

プロフィールなどの記事は以下にあります。

ブルゾンちえみ”with B”で評判だが、大ブレークの要因とすっぴんが気になる?
の記事はコチラ

ブルゾンちえみの魅力はすっぴん 画像と声だ!人は見た目が100%でデビューする
の記事はコチラ

スポンサーリンク

ブルゾンちえみの本名は藤原史織、高校時代は陸上部

元陸上部だったというブルゾンちえみさん。

現在と比較した証拠画像がこちらです。

小学校2年生の時から小学校教員で陸上の指導者だった父親の影響を受けて、

毎朝10キロのランニングを欠かさず行ってから登校していたそうです。

中学生・高校生時代は部活は長距離走(3000m、5000m、10000m)を10年間やっていたのです。

1500Mのタイムは5:19、3000Mのタイムは10:22ですからかなり早い!

高校時代には、岡山県7位の記録も打ち出していて、

陸上部の中でも本気で早い方だったのではないでしょうか。

陸上をやっていたことから、中学生の頃は腹筋が割れていた

(一方で貧乳でもあった)とのことだったが、

大学入学後およそ2年で今に近いような体形になったという証言があるのです。

また、太めの体型に違わず大食いであり、

ドラマ『人は見た目が100パーセント』の撮影で食事シーンを収録した際には

撮影前にカレーライスを食べていたにもかかわらず

4段ハンバーグをペロリと完食したことがあるそうです。

Wikiでは、本名が示されておりませんが、「藤原史織」であることを、

自分のブログでは白状しております。

スポンサーリンク

マラソンコースが30キロもないと大騒ぎ?

その走行距離が話題になっていたのです。

公式の発表では、90㌖とされています。

さすがに元長距離選手です。90と言う数字に、何もなかっような素振だったのです。

ネットでは出発点が分かり騒然となったのです。

コースは東京都稲城市の『北多摩一号水再生センター』でスタートして、

メイン会場の武道館にゴールするのです。

最短ルートで距離は25キロほどしかありません。

本当のルートは遠回りして、距離を稼ぐ道になっていたのです。

スポンサーリンク

ブルゾンちえみが走った理由は?

芸人になる夢を貫き通した経験から

「ランナーとして諦めずに頑張ることを皆さんに伝えたい」

と、走る理由を話していた。
さらに、
「悪性リンパ腫と闘病する高校時代の恩師の娘に、必死に走る姿を見せたかった」

ことも前へ進む大きなモチベーションになったと話したのです。

この「走る理由」も選定の大きいい要素にもなったのです。

スポンサーリンク

最も苦しかったのは?

https://twitter.com/kentotao_t_y/status/901775461289648128

陸上部で長距離は得意なので、この24時間マラソンは、

楽勝ではないかと思われたのですが、本人は相当きつかったようです。

「後半のあるところで、左足が全然だめになって、左足が先に参って、上がらなくなり、

しばらくすると右足も上がらなくなったので、歩くしかなかった。

それは坂本さんの手術したところと同じ個所だったのです。

足が着地が出来なくなるのです。」

と語り、リタイヤ寸前にまでなったそうでアイシングや、皆さんのサポートで、

やっと完走が出来たと感慨深げに話したのです。

ブルゾンちえみの24時間マラソン「舞台裏」

マラソン終了後の生放送から、生の声や裏話が漏れてきました。

箇条書きにまとめました。

◆ 一番最初に練習し始めた時は「私かな?」と思ったのですが、

近付けば近づくほど皆さんが同じ練習量になってきて、

“みやぞん”“池崎さん”も3日に1度は練習していたのです。

◆ 羽鳥さん・東野さんの可能性も聞こえてきていたのです。

◆ 指名されて実感もわかないうちにスタートして、

走りながら、徐々に実感がわいてきたのです。

◆ これから“ランウエイで歩くための衣装合わせに行く”

と言われて呼び出されたのです・

◆ ピンチは、左足が全然だめになった時でした。

そして、右足もダメになって身動きが取れなくなったのです。

歩くしかなかったのです。

いわゆる、股関節です。(坂本トレーナーと同じところです。)

◆ 坂本夫妻のVTRを見て“ボロボロ”泣いていたら、ランウエイに!と呼ばれたのです。

◆ 練習している時もずーと話をしており、普段お生活の癒しになっていたのです。

練習をしに行くと言うよりは“坂本さん”と話しに行く感じで練習をしていて楽しかった。

◆ 最後は、“しんどい”と思いつつ走っていたが、

武道館に近づくと急に開けて、後は昇るだけになってそこだけ

レッドカーペットのように“キラキラ”したものを感じました。

◆ With Bが応援に来た時には、着かれているので“楽しませて”欲しかった!

そうでなかった!

◆ 2年目でこうなったが。1年前は“ネタ”が出来なさ過ぎて、

「芸人に向いて二のかもしれない」「才能がない」

「早めに諦めたほうがいいかな?」

と悩んでいたのが去年の8月だったのです。

この8月は自分のなかでは“感慨深い”ものがあるのです。

1年後のこんな事になっているとは“思ってもいない”ことなのです。

◆ 「走っている姿を見て1千万人の男が惚れたと思う」と北村弁護士が言ったのです。

◆ ルゾンちえみは「ほんとですが?」と信じられない様子でした。

◆ スポーツブラなんですね!と言われて、「そうです!それ用のブラ」ですと話したのでした。

“男性ファンが増える”から、ここまで話が発展したのです。

◆ 今一番したいことは、

「シャワーにも入りたいが、パンツを取り換えたい」と直言したのです。

パンツ以外は全部替えたのですがパンツだけは機会がなかったのです。

◆「一夜明けて、実感が一気にきました」とチエミは話すのです。

異例ずくめの24時間マラソンの壮絶な舞台裏

◆ 芸能界ではまだ駆け出しなのです。

私が選ばれていいのかとも思ったのです。

◆ 坂本トレーナーは

「ゴールまでは平たんに行くかは分からないが、

何があっても受け止める気持ちがあればいい!リカバリーはできるから。」

と最初に伝えたのです。

坂本トレーナーは、69歳で股関節の手術も行っており、

併走はできないのです。

◆「途中のトラブルとか捻挫をするとかないように、長い子と同じ運動をしていると

その人の本当の癖が出てくるから、その癖が出た時に故障に繋がらないように

見てあげて、対応する」

ことが必要と坂本さんは話すのです。

◆「今年のマラソンランナーはあなたです!」

と告げられえ感動・心の準備をする暇もなくすぐさまにスタート地点に移動したのでした。

その車の中で、スタッフから注意点が告げられたのです。

 

「とにかく坂本さんとマラソン班を信頼してやっていただきたいと思います。

25年やっているチームですので、信用してやってほしい。」

 

◆ その後、ブリリアンのコージ、ダイキに伝えられたのです、

「ヤバイよ!」と考え込んだのです。

◆ ブルーシートと段ボール箱で姿を隠して舞台裏まで進める用心の仕方だったのです。

名前がはっぴょされると会場スタッフの間が騒然となりました。

「光栄です、坂本さんにお任せして最後まで走り切りたいと思います」

と、挨拶・宣言したのです。

 

スポンサーリンク

まとめ

いかがでしたか?

視聴率が40%超えたとは驚きです。

これで、男性ファンが1千万人増えたとも言われております。

今後の活躍が期待されます。

◆ ブルゾンちえみの本名は藤原史織、高校時代は陸上部

◆ マラソンコースが30キロもないと大騒ぎ?

◆ ブルゾンちえみが走った理由は?

◆ 最も苦しかったのは?

についてまとめました。

最後までお読みいただきありがとうございます。

スポンサーリンク

関連記事はコチラ