内村航平の母(内村周子)は子離れできず苦悩!「しくじり先生」

内村航平 内村航平-haha

母に必要なことは、
”寵愛”ではなく「子どもを見守る勇気」が大切!
と反省した。

内村航平の母は(内村周子)息子溺愛で
自らもしくじっていた

長崎県出身。9歳からバレエ、14歳から体操を習い、
純心女子高等学校で体操部に所属した。

長崎県立女子短期大学体育科時代には、
九州学生体操競技選手権大会で優勝する。

卒業後、体操指導者の内村和久と結婚。
諫早市の自宅に体操教室を開き、
航平も3歳のときからこの教室で指導した。

長女の内村春日も日本体育大学在学中の2011年に
全日本学生体操競技選手会で個人総合優勝を達成し、
「体操一家」とも呼ばれる。

2014年の第69回国民体育大会では
長崎県の体操成年女子チームの監督を務めた
(和久は成年男子の監督)。

2014年9月の第47回体操全日本シニア選手権に出場、
21位(50歳以上の部ではトップ)の成績であった(ウイキペディヤ)

◆内村航平は2015年の愛葬世界選手権で
個人総合優勝をして
前人人未到の個人総合6連覇を達成した!

また、団体総合では、
37年ぶりの金メダルを獲得する
中心選手でした。

まさに、日本体操界のエースです。

大成功を収めているのに、
お母さんがどんな”しくじり”をしたのか?

どこのお母さんにもある本質が見えてきます。

ーーある日のこう言われたのです

「もう応援に来ないでくれ!」

最愛の息子に言われて”号泣”したのです。

その原因は、母のしくじり行動にあったのです。

<息子を溺愛しすぎて1ミリも子離れできなかった!>

●子離れできない親の共通点とは

①子供がやる前にママが何でもやってしまう
②周りの子と比較してしまう
③子ども観のトラウルにすぐ口を出す
④常に子供のことを気にしている
④親の考えを押し付ける

ーー高畠さんのそうですよね
私も大溺愛です。
主人がいないので、息子と結婚しているような気分です!

【子供を溺愛しすぎる親が子離れできずに嫌われないための授業】

<第1章 息子に敬遠される3つのしくじり行動>

①人目を気にせず超過剰な応援

息子は”恥ずかしいから静かにして!”
と言われたのです。

②息子のことを何でもかんでも喋ってしまう

”自分のことをいろいろ話さないで!”と言われたのです。
親は貴方の事を思って言っているのよ!と言うと
”そんなこと頼んでいないし!”と言われたのです。

ーー辻 希美 (7・4・2歳の3兄弟の母)
「ちかじか私も言われそう!」

③名物お母さんとしてマスコミに出過ぎだ!

(”名物おさげ髪ママ”としてテレビの出演が増えた)

「本当に申し訳ないと思う!」
ーーテレビ出演番組は、計25番組以上でした。

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【息子に嫌われる3つのしくじり行動】
をまとめると・・

①過剰に応援する
②息子のことを他人に喋る
③必要以上に目立つ

 

<第2章 子離れができない理由 ~航平選手の幼少期~>

①0歳から体操を始めさせた

(サルの本能が備わっていると言われており、
なくならないように生まれてすぐに棒にぶら下がらせた。)

②子供ゆかりの品はどんなものでもコレックション
(子供が描いた両親の似顔絵、学校で描いた絵やダンボールの工作、
学生服やセーラー服、テストや通信簿、髪の毛、)

<航平選手のLOVEコレックション>

①ツメ、
②ユニフォーム(未洗濯)
③下校中に拾ってきたセミの抜け殻
④川で拾ってきた石

ーー辻 希美・・ツメも髪の毛、鼻くそ、耳くそ、も取ってあります。
(子供の初めてのものはすべて胎内に居た時から形成されたものなのです。)

ーー航平選手が15歳になった時、母親にはいずれは訪れるある事が起こったのです

それは、高校進学時にした上京決断事件)です。(長崎→東京)

③塚原直也さんのジムに行きたいと言い出したので、
私はダダをこね大号泣したのです。

ーー私だけは反対したのです。
人生が半分なくなったような気持ちになったのです。
ーーお弁当も、朝食も作ってやる事ができず、
悲しいことしか思い浮かびませんでした。
ーー心の底から”悲しいよ~!”
(と片足を上げてYの字を作ったのです。)(笑)

ーー今思い出しても涙が出るともを覆った!
すると高畑も泣きだしたのです。(あたりまえですよ!)

④上京した航平選手に頻繁に電話とメールをしていた

ーー何か言葉がほしく、一言だけでもうれしかったのです。
(航平選手のことは考えず自分のことだけを考えておりました。)

<その後、航平選手の態度がガラリと変わったのです。>

ーー頻繁な連絡に対し、”一切返答”がなくなりました!
ーーこの時は、生きていて楽しくなかったです。

<最終章 子離れを決意 ~親としての成長~>

ーー自分を改めて見直したのです。
”親として変わらなければいけない”と思いました。

ーー自分を帰るためにある試練を課しました

<3カ月間、一切連絡を取らない>
事にしたのです。

<航平選手への禁断症状が現れました>

”航平選手の写真を見つめ”たり、
”毎晩、航平選手の夢”を見たり
”航平選手の分の料理も作ったり”
しました。

<3カ月間、耐えきった>のです。

ーー子供に成長させられたと、
感謝の気持ちでいっぱいです。

ーー大会で航平選手に会った時、
手を振ってくれたのです。(涙)

ーー3カ月間頑張ったかいがあったと思い、
親として、子供の気持ちをくみ取ることができるようになったと、
自分に対しトても嬉しく思いました。

ーーここから親子の関係が少しずつ戻ったのです。

ーーロンドンオリンピックの時は、
”真っ先に近寄ってきて、花束を投げてくれた”のです。

ーー私は金メダルが嬉しかったわけではなく、
花束が嬉しかったわけでもなく、
6種目生きて終わってくれてよかったと思ったのです。

ーー私にとっては、子供が生きていてくれることが一番に喜びなんです。

ーーまた、私は子供に大切な事を教えてもらいました。

  ”何でも手を差し伸べるのではなく「見守る勇気」”
  ”子供が必要としている時に必要な事をしてあげるのが
  親の務めなんだ”

  なと言う事を初めて知りました。

  だから、”温かく遠くから眺めていく”のが、
  本当の親なのかな気付いたのでした。

ーー航平の教えてくれたことであり、
皆様からいろんなお言葉をいただいて
成長させてもらったとおもいます。(涙)

と結んだのでした。

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