浜 木綿子と市川猿之助の離婚理由が奇妙だ!若い頃と香川照之の離婚の関係は? 

こんにちは!今日もご訪問いただきありがとうございます。

【文芸春秋】は、香川照之の離婚について、母の浜  木綿子の面談を行い、
複雑な家庭環境や離婚のいきさつについて明らかにしました。

俳優と歌舞伎役者の二足の草鞋を履くことが、異例でそれなりに評判も良かったのですが、
そのことが夫人の理解を得られなかったようです。

どんな経緯があったのでしょうか?

母として何を語るのでしょうか?

その前に経歴・離婚の原因などを調べました。

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浜 木綿子のwiki風プロフ

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◆ 名前:浜 木綿子(はま ゆうこ)

◆ 本名:香川 阿都子(かがわあつこ)

◆ 愛称:アツコ

◆ 生年月日:1935年10月31日(81歳)

◆ 出身地:東京都目黒区緑が丘

◆ 学歴:大阪府豊中市「梅花中学校・高等学校」出身

◆ 職業:女優

◆ ジャンル:宝塚歌劇・映画・テレビ・舞台、

◆ 活動期間:1953年~

◆ 家族:配偶者・三代目市川猿之助(1965年~1968年)、長男・香川照之(俳優)

宝塚音楽学校を経て、1953年に40期生として宝塚歌劇団に入団します。
入団早々に演技を認められ、雪組トップ娘役として、宝塚歌劇団内外の舞台に数多く出演。
1961年に宝塚歌劇団を退団後、東宝と契約を結び、舞台女優として活躍。

1965年、三代目市川猿之助と結婚、長男・照之を出産したのです。

1968年に、夫が不倫相手の下に移り住んだために、長男が3歳の時に離婚しました。
芸能生活60周年を迎え、永年の舞台の功績に対して、第38回『菊田一夫演劇賞特別賞』を受賞した。

2000年紫綬褒章受章。2014年秋の叙勲で旭日小綬章を受章し、その演技は評判だったのです。

息子一家と同居しており、一時期は元夫も加わり生活していたが、
現在は元夫は別の女性と暮らしているとのことで、何か複雑な人間関係がかもしだす出されているようでした。

このことが、照之さんの離婚と関係があるのでしょうか?

香川照之のwiki風プロフ

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◆ 本名:香川照之(かがわてるゆき)

◆ 別名義:九代目市川中車

◆ 生年月日:1965年12月7日(51歳)

◆ 出身地:東京都

◆ 血液型:AB型

◆ 身長:171㎝

◆ 学歴:東京大学文学部社会心理学科卒業

◆ 職業:俳優

◆ ジャンル:映画、テレビドラマ、舞台、

◆ 活動期間:1989年~

◆ 家族:父・二代目市川猿翁、母・浜木綿子、長男・五代目市川團子、従弟・四代目市川猿之助

◆ 事務所:ロータス・ルーツ

1989年、NHK大河ドラマ『春日局』での小早川秀秋役で俳優デビューしました。

2011年9月27日、香川が九代目市川中車を襲名して歌舞伎俳優に進出し、
2012年6月に催される「六月大歌舞伎」に出演することが発表されたのです。

特例により「香川照之」の名で引き続き芸能活動することを許され、俳優業では「香川照之」、
歌舞伎では「市川中車」の2つの名前を使い分けることとされたのは異例でした。

きっかけとなったのは、父・三代目猿之助との和解と、何よりも政明の誕生だった。
歌舞伎の家に生まれた事で

「猿之助の名前は140年続く。政明という長男がいて、この船に乗らない訳には行かない」

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との思いを強くした、と語っている

愛人・藤間紫にはお子さんがおられないことが運命を分けたのですね!

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浜 木綿子と市川猿之助の離婚の訳は?

1965年、三代目市川猿之助と結婚、長男・照之を出産したのです。

香川照之さんが1歳の時、夫の市川猿翁さんは他の女性の元に移り住んでしまいます。
そして1968年に離婚しました。

以後、浜 木綿子さんは、幼い息子の面倒を見るのを母に手伝ってもらいながら、女優業を続けます。

後年、香川照之さんは、父親の市川猿翁さんに歌舞伎役者として弟子入りします。

浜 木綿子さんは、その時は複雑な気持ちだったそうですが、これをきっかけに46年ぶりに市川猿翁さんと再会。

そこで市川猿翁さんと話したことでわだかまりが消え、現在では楽屋に行って息子の話をするなど、
新たに良好な関係を築き上げているようです。

2007年に映画のシリーズは終了し、以後、浜 木綿子さんはテレビドラマに出演することはなく、
年間に1ヶ月の座長公演とその稽古期間、そしてCM以外の仕事はほとんどせずに、
息子である香川照之さん一家と同居し、悠々自適の生活を送っているのだそうです。

現在は、歌舞伎役者として厳しい修行を続ける息子の香川照之さんの幸せを願う一人の母親として、
自然体で生きてらっしゃいます。

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浜 木綿子と市川猿之助、香川照之の離婚の関係は?

「私の力足らずで、このような結果になってしまいました。お騒がせしてしまったことを深くお詫び申し上げます」

12月14日、俳優で歌舞伎役者の香川照之が二十一年間連れ添った知子夫人(46)との離婚を発表した。

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1995年にJALのキャビンアテンダントだった知子さんと結婚。1男1女をもうけたが、
2年前から代理人を立てて離婚協議を行なっていたという。

14日の会見で香川は、実母の浜 木綿子に対しても「僕の問題ですから」と離婚を伝えていなかったようです。

ここで振り返ると、父は家庭を捨て離婚しておりました。

45年間も父子断絶が続いたが、’11年に猿之助が脳梗塞を患ったことがきっかけで電撃和解し、
香川と息子の政明くんは歌舞伎界入りを果たした。

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猿之助さんが、元気を通していたらどうなったのでしょうか?香川さんと息子さんの人生も
全く異なったものになったでしょうね!

正に、

“運命のいたずら?”

がピッタリの現象ですね!良い方に転がったのですね!少なくともお二人にとって・・・

奥さんの知子さんには逆なのが皮肉な運命なのでしょうか?

「芸能界でどんなに活躍していても、香川は歌舞伎界では新参者なので、
自分が『猿之助』の名跡を継ぐのは不可能なのはわかっている。
そこで、子どもがいない亀治郎が4代目猿之助になり、政明くんに“5代目”を継がせるのが野望なのです」

だが、そのことは知子夫人には重荷以外の何ものでもなかったようなのです。

【週間文春情報】

「猿之助の名前は140年続く。政明という長男がいて、この船に乗らない訳には行かない」

とのことで同居したが、一番の「被害者」が知子さんだったのです。

「照之さんは、猿之助さんとの同居も歌舞伎界入りも知子さんには相談せず独断で決めたのです。
それに実際にはシゴトでほとんど家にはいない照之さんに代わって、
知子さんが猿之助さんと向き合うことになった。

猿之助さんには、当時40代の恋人がいて、知子さんに介護のすべてが集中するわけではなかったが、
病気の影響で猿之助さんの精神状態が一番悪い時期でもあった。

叫んだり、暴れることもあったのです。小さな子供が怖がるので、知子さんにとっては、
過酷な状況でした。

”この船に乗らないわけはないんです。これが私の人生ですから・・”と語った香川さん!
その船は周囲が危ぶむほど激しく揺れているのです。

これを読むと、本当に複雑ですね!介護のお世話をしても恋人がいる(?)のに何故?と思うでしょうし、
恋人はどんな役?とか普通には想像もつきませんね!

やせ細る知子さんが目に浮かぶようです( ;∀;)

「’12年の襲名当初は、毎日欠かさず劇場を訪れていました。
でも、團子を襲名した政明くんが’13年に国立劇場に出演したころから劇場に行かなくなったんです。

その公演中にお囃子のお偉方がブログで、名指しこそしないものの、團子だとわかる内容で “駄馬”と称したのです。
その際、香川さんは遠慮して、息子を守る行動に出なかった。それが、知子さんが劇場に行かなくなった原因だと思います。

(註:駄馬・・乗馬用には使えない下等の馬。)

梨園のプレッシャーで、彼女はみるみるうちにやせてしまった。

「“俳優の妻になったけど、梨園の妻にはなりたくない”って涙ながらにこぼしていましたね」

誰が“駄馬”と言ったのかを調べると、田中傳左衛門と言う方なんですね!

歌舞伎界では結構名が通っている方のようで、香川照之さんよりは11歳も下なんですが、文句も言えなかったようです。

縦社会の歌舞伎界ではこんなことも起こるのですね!普通社会では、大問題になりますよね!

嫁が心を痛めたのもわかる湯女気がします。息子を酷評されたのですからね!

この件から、奥様との仲が急激に悪くなったようです。

香川さんには、遠大な目標があるので、聞き流していたのですが、奥さんには許せないものがあったのでしょうね!

奥様が愛想をつかしてしまったのです。2014年ころですから、別居の時期とほぼあっております。

ここにはお母さんである浜 木綿子さんも付け入るスキはなかったようです。

それもそのはずですよね!香川さんも奥さんも十分年を重ねて、“熟慮”した結果であったのですから・・・

「私の力足らずで、このような結果になってしまいました。
お騒がせしてしまったことを深くお詫び申し上げます」

この表現が、そのものズバリという事でしょうか?

 

まとめ

こんな騒動になってしまった、香川さんですが、俳優としての実力も証明済みですし、
今後も活躍されることでしょうが、

息子の團子君が歌舞伎を続けて、お父さんの目標通りに市川猿翁を継いでいってほしいものです。

知子夫人は“梨園の妻”になりたくないのはわかりますが、

“自分を犠牲にして息子(團子)のために・・・”

とはできなかったのが悲しいですね!

どこの世界にもこのようなことは、あるように思えますが、人生観の相違とでも言いましょうか(?)

幸せをお祈りします!

最後までお読みいただきありがとうございます。

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