夏井いつき 人生激変!再婚の夫はどんな人?結婚後と子供の今は?  

こんにちは!今日もご訪問いただきありがとうございます。

10月24日、「結婚したら人生劇変!○○の妻たち」で、

毎週木曜日放送の番組『プレバト!!』で、絶大な人気を誇る俳句の先生・夏井いつきさんの激動人生が紹介され、
その影には、熟年結婚した夫の存在があったのです。

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中身はいがいな一面が多く大変興味をそそられたのです。

映像の中身と疑問点の調査を行いました。

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夏井いつきのwiki風プロフ

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◆ 名前:夏井いつき(なついいつき)

◆ 生年月日:1957年5月13日(59歳)

◆ 出身地:愛媛県南宇和郡内海村

◆ 学歴:京都女子大学文学部国文科卒業

◆ 職業:俳人

◆ 活動期間:1988年~

◆ ジャンル:俳句

・1980年に松山市立余土中学校国語教師として赴任したのです。

・1988年、教職を辞し俳人に転身しました。

・1997年、俳句集団「いつき組」を組織し、「組長」全国の小中学校生を対象としたカリキュラムの一環としての俳句教室(句会ライブと呼んでいる)を行っている。

・2013年、「プレバト!!」の俳句コーナーの査定員を務め、ゲスト出演者の俳句を容赦ない毒舌ぶりで評価・添削する姿が人気を博し、一躍知名度が上がった。

本名は、苗字は公表されておりませんが、名前は「伊月(いつき)」をひらかなにしたのです。

「夏井」は、俳号で前夫の姓なのです。

そうです、夏井さんには離婚歴があり、現在の夫は再婚なのです。

<Youtube>

夏井さつきの離婚理由は?

夏さんは、夫の父が亡くなり、夫の母と子供・二人との5人暮らしでした。

そこに、30歳の時にお父さんを亡くし、それがきっかけでお母さんが体調を崩し、
お母さんの面倒を見るために同居するようになったのです。

実は、お姑さんは、身内の不幸をきっかけで、うつ病を患ってしまいます。

更の悪いことに、お母さんは脳腫瘍に!手術は成功したのですが、後遺症が残ります。

こんな状況で、二人は仲が非常に悪かったのです。

夏井さんのお母さんが号泣して姑さんがその前で仁王立ちしている姿を目撃することも頻繁にありました。

その姿を見た娘さんは不登校になり、元夫もうつ病となりました。

もう家庭崩壊ですよね。

そんな中、夫が

「家族から解放されたい」

この一言で、離婚を決意し、(43歳)

ここから娘と息子、夏井さんのお母さんの四人で生活を始めました。

夏井さんは、教職を辞めて、俳句一本で生計を何とかしようとするのですが、大変難しかったようです。

句会を主宰しての会費、講演会やエッセイなどでたいへん少なく厳しいものでした。

そんな中、夏井さんは、学生に俳句を教えていたのですが、そのメンバーの中に、不登校の生徒が二人ほどいたので、

「ウチ、一部屋空いているけど来る?」

と言って、面倒を見ることとなったのです。

お母さんと二人の子供でも大変な家系にさらに食べ盛りの生徒を多い時には三人も加えたのですから、
苦しさは推して知るべしだったのです。

何時しか「みゆきハウス」と呼ばれるようになったのです。

そんな時、俳句仲間の初老の現夫と出会うのです。それは、2003年46歳の時でした。

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夏井さつきの再婚夫のキメ台詞は?

・食事は暇な方が作るのが原則ですが、自分がほとんど作っております。

・食事後は夫が皿洗い、ゴミ出し、スーパーで日用品の買い出し。

「原稿書くのはあなたしかできないんだから、あなたがサッサと書いてください」
「締め切り守ってさっさと書いてください。と言っていただけることが幸せです。」

「夏井いつきの俳句をもっと生かすために、それ以外のことは自分がいろいろとサポートしてやっていこう!

「力あるものを伸ばしていくことが必要です。そのために自分が出来ることはやろうと考えている。」

と話している加根光夫さんです。経緯はこうです。

10年前に結婚したのです。加根光夫が55歳の時CMプロヂューサーとしてでした。

加根さんとの出会いは、加根光夫が55歳の時CMプロヂューサーとしてであったのです。

誰でもがお目にかかった「マロニーちゃん腰があるよ編」(1999年)をプロデュースしたのです。

ネットテレビへの出演のオファーのため夏井さんのもとへ来たのです。

オファーは実りませんでしたが、俳句のほれ込み夏井さんの句会に参加するようになり、
大坂から松山まで足繁く通うようになったのです。

徐々にその人柄にも惹かれてれていったのです。

俳句もどんどん投稿し、ペンネームは兼行と呼び家族の中でも話題になるほどのアプローチだったのです。

「この人本気で俳句をやっている人と思った!作品を見ればわかる。」

と述懐するのでした。

「結婚はしない」と決めていた夏井さんは、
「みゆきハウス」に招き状況を見せることで結婚をあきらめさせようとしたのですが、
お腹すいたような子供たちを見て、

「みんなお腹減っている?ちょっと待ってて・・」

と言い料理して御試走したのでした。

子供たちの胃袋をガッチリ捕まえ、家族と打ち解けたのでした。

「年取っているけど、結婚しましょうか?」

それから7年後長女が嫁ぐときに、前の夫を長女が呼んでいたのです。

「一緒に写真を撮りたい」と呼んでいたのでした。

「子供たちを育ててくれてありがとう」と夏井さんに・・
「初めまして、前の夫です。前の父です。」
「初めまして、今の夫、今に父です。」と・・
「子供と彼女を頼みます」
「はい!頼まれました」

と固く握手したのです。

これが新たな家族の形でした。
<TW>

 

夏井さつきの現在は?

夏井さんのマネージャーとして仕事面でもサポートしているのです。

テレビ番組の収録に付き添うのは勿論!カンペをセットもします。

仕事の一番頼れる相談相手、さらに、売れっ子俳人となった妻のスケジュール管理を易しく急がせたりします。

創作活動にも同行・・これは、吟行(ぎんこう)(俳句のネタを探すための散策のこと)にも同行します。

夏さん主宰の句会にも同行します。

句会では、参加者全員が自分の作った俳句を提出しそれぞれが“良い”と思った句を選びあう。

この時夏井さんは、夫に贈った俳句があったのですが名前は記されていないので、直接は誰の咲くかはわからないのです。

「風のたてがみは花野をゆく白髪」
↑苦難↑雄々しい様 ↑夫加根 末黒野の太陽

夏井さん尾どこに魅力を感じたかの質問に、加根さんは、

「夏井いつきの俳句が好きだった。覚えてます」

「つながれぬ手は垂れ 末黒野(すぐろ)の太陽」

(末黒野→野焼きで焼かれた後の黒い野原)

この句から

「苦しみの中で希望を見つけようとする夏井さんの強さを感じた」

心を惹かれたそうです。

 

まとめ

あのような毒舌先生の影には、本当に情熱的でも多難な情緒ある人生を歩いてきたなんて感慨深いものを感じますね!

テレビでの夏井さんの笑顔を見たなおさら感じましたね!

普段は化粧や家の中の整理には無頓着で、敗れた商事もありましたが、
“考えをめぐらす”ことに集中するあまりそうなるのがよくわかりました。

後ろ髪が、鉛筆で止めてあったのには驚きましたね!

私は、プレバトは見逃さないようにしており、少しでも夏井さんに学ぼうと思っております。

分かりやすいのがありがたく、私でも“才能あり”は頂けなくても近づくような気分でおります。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

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