羽生結弦グランプリファイナル2015で涙!? ”強さは性格にあった!”

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スポーツ選手が偉大な成績を達成するには、身体的好条件だけでは到底不可能であることは、歴史が証明しております。

羽生選手が前人未到の成績を達成できたのも同様でした。ルックスも良し、身体条件も良しと条件は揃っており、

NHK杯における前人未到の300点超えが世間を賑わせたのは、2015年11月28日(土)のことだった。

改めてその実力を世界に誇示したあの日から、わずか2週間!

12月12日(土)にバルセロナで行われたグランプリファイナルで叩き出したスコアは、なんと330・43点!!

再び世界記録を更新した羽生結弦は、大会史上初の3連覇を達成してみせた。

世界が驚き、騒然となった!「神がかり!」「神の領域」「降臨した」など考えられない表現が相次いだのです。

どこが凄いのか「強さの秘密」調べてると、「幼きころからの性格」に行き届いたのです。

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<幼きころはどんな性格であったのか??>

羽生選手がスケートを始めたころを佐野さんは知っておりました。

”4歳の時子供スケート教室に通いだした姉の影響でスケートを始めた”というのです。

「泣いてばかりで、将来金メダルを獲る気配はまったく感じなかった」と佐野さんは述懐したのです。

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その後、羽生選手が師事したのは ”都築章一郎(77歳)さんだった” が、実は、この方の一番弟子が佐野さんだったのです。

「このころから結弦は、非常に芯が強く”負けず嫌い”な子だった!」と都築さんは述べております。

「あるジャンプを跳ぶように指示すると、先輩達が帰っても最後まで残って練習していた!」とのことでした。

12歳のころ、将来の目標を聞かれて ”オリンピックに出て優勝することです!” と率直に答えていた。

武田さん(元女子フィギュアースケート選手)とも一緒に練習していたそうです。

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「小さい頃から目立っていたが、ジャンプ大会とかで競うと、10歳年上の選手にも物怖じせずどんどん飛んでいた。」

負けず嫌いは、勉強面でも発揮された。高校時代は、入学以来、成績は常にトップクラス、得意の数学でも満点を取ったこともあったとのことです。

「なぜそんなに勉強熱心なのか?」と教師の問いに「世界と戦うには頭も鍛えないといけない」(2014年4月27日)とのこたえは、尋常ではありませんが、気が強いというか、本当に意識していたのか?誰かに教えられたのかとも思いますよね!

16歳の時東日本大震災で被災して、練習中だったのでスケート靴のまま逃げたそうで、4日間の避難所生活を送ったのです。

昨年2月、ソチオリンピックで金メダル獲得した。日本人男子としては初の快挙だったが、フリーでな納得の演技ができず、
「金メダルを取って言うのもなんですけど、やっぱり悔しい!」

19歳 去年11月GPシリーズ中国大会で衝突事故、事故後の初会見で
「もう衝突する前にはどうあがいても戻れない。壁を作ってもらって、こんなに楽しいことはない。この壁を打ち砕いて乗り越えたい。」・・と自分を鼓舞したんです

「失敗を自分の糧にしてしまうことが凄いのです」(佐野さん)

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