浅野拓磨の家族が凄い?出身高校・兄弟と生い立ちは?

浅野拓磨-1

 

FIFAクラブワールドカップ準決勝戦が12月16日、サンフレッチェ広島とブラジル代表 リバーブレードが大阪長居スタジアムで行われた。
2連勝!!快進撃の広島サンフレッチェ!日本中の大声援を背に夢の結晶なるか!ハラハラドキドキの連続です。

浅野選手はベンチスタートだったが、後半21分に参戦した。日本の期待のエースのどんな活躍が見れるか楽しみです。
テレビで観戦しながらブログを書いております。

浅野 拓磨選手の家族が凄いことで有名ですが、そこをまず紐を解きましょう!

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<浅野 拓磨のプロフィールは?>

浅野 拓磨は、日本のプロサッカー選手。三重県三重郡出身。Jリーグ・サンフレッチェ広島
所属。ポジションはフォワード。三重県立四日市中央工業高等学校卒。 ウィキペディア

生年月日: 1994年11月10日 (21歳)

生まれ: 三重県 菰野町

身長: 171 cm

体重: 70 kg

ポジション: フォワード

ニックネーム:ジャガー

今年5月 日本代表候補合宿に初選出

8月、東アジア杯んて代表入り、若干 20歳 の浅野拓磨選手

最年少ながら、スピードを生かし得点を狙う。

気になる家族・兄弟の構成について調べた。

<その経歴とは?>

サッカー始めたのは、地元悪化の名門三重県立四日市中央工業高校へ進学した。全国区でも有名な強豪校です。

ちなみにこの学校からこれまでに30名以上のプロサッカー選手が誕生しているんです。

1年生よりレギュラーチームでプレイをし、早くも2年生で完全にレギュラーの座を獲得しております。

全国サッカー選手権大会には3年連続出場し、2年生の時に参加した選手権大会では、史上4人目となる初戦から決勝まで全試合で得点し大会得点王に輝きました。

高校卒業時には、横浜F/マリノスやサンフレッチェ広島を含め複数クラブからオファーがあり、最終的に「サンフレッチェ広島」に入団したのです。

リーグ線で初得点は、広島に入団して、3年目の今年4月のFC東京戦だった。

今では、50m走で5,9秒!(ボルトは5,47秒)というそのスピードを生かしてドリブルからのゴールが増えてきております。。

<7人兄弟の大家族>

手記では、次のように話しております

「自分は7人きょうだいの三男で、高校を卒業するまで両親も合わせて9人で生活していた。お父さんはトラックの運転手。

きょうだいが多く金銭的に苦しいこともあり、ほかの家庭にない生活の厳しさを感じた。

「ウチって金ないなあ。この先どうなんねやろ」と子供ながらに考えることもあって。

それでもサッカーは不自由なく続けさせてもらえた。」

と感謝を述べております。その御恩返しに、

「絶対プロサッカー選手になって、親孝行したい」

と決意したそうです。

両親と7人兄弟の大家族!

浅野自身は、7人兄弟の三男で、末っ子のみ女の子なのです。

さぞにぎやかな家族で、育ち盛りの男の子が6人もいると学費やエンゲル係数も高そうですね。

この環境の中で、サバイバル、コミュニケーション、家族愛などを学んだことでしょう。

ハングリー精神は、どの世界でも通用するし、特にスポーツの世界では大変有効に功を奏するといわれております。

長男の方は結婚されて3人のお子さんもいます。

ぼくは大阪人ということもあり橋下市長が思い浮かびましたよ(笑)

ちなみに末っ子の”小春”ちゃんは、浅野選手が高校2年生の時の選手権開催期間中に生まれてようで、17歳違いです。寵愛のほどは推して知るべしですね!

今日は負けたしまいましたが、今後のか着に期待したいものです。

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