渡辺和子の本【置かれた場所で咲きなさい】「ノートルダム清心女子大学の学長」の悩みとは?

いつも私のブログに訪問いただき、ありがとうございます。


岡山県岡山市ノートルダム清心女子大学大学院は、
「置かれた場所で咲きなさい」の舞台になっている場所です。

渡辺先生の言葉が人生に勇気を与えると話題を呼び、
170万部を超えるベストセラーになっている。

「この建物が有形文化財人なっている、
アントニン・レーモンドが建てたものです。」

と渡辺先生が案内する。

渡辺和子とはどんな人物か?
大竹しのぶが訪問した。

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【金スマスペシャル】で10月30日に放送されました。
そこから概要をあ伝えします。

アントニン・レーモンドは、
帝国ホテル建設の際に来日し、
日本の建築界に大きな影響を与えた建築士です。

◆1929年にノートルダム本館を建設。
(現在は国の有形文化財に指定されているのです)

「戦争中は焼かれないですんだんですか?」
の大竹さんの質問に

「壁を真っ黒に塗りました」
「目立たないようにして空襲を避けたのです。」

「岡山大空襲で市内は壊滅したが、
中心部に近いこの建物が残ったのは奇跡だった!」

と渡辺さんが答え、

窓から見えるきれいな銀杏を見て、
「学生は私の話よりこの銀杏を見ていると思う」
と笑わせた。

88歳になった現在でも教壇に立ち続け
人生を生き抜くヒントを教えている。

そんな先生の授業の中にこんな言葉があった。

「タンポポは確かにバラになれない、
 でもバラもタンポポにはなれないじゃないかと、
 人はみんな一人一人違うものを頂いている。

 もし、皆さん方の中にも、いま劣等感を
 持っていらっしゃるような方があるとしたら、
 時たま思い出してください。」

「タンポポはタンポポでいいんです。
 バラはバラでいいんです。

 それぞれが咲いていること、
 置かれた場所で咲いていること。
 そのことがとても大事だと思います。」

と教えておられます。

著書のタイトルの「置かれた場所で咲きなさい」
実はこの言葉は、渡辺さん自身も
この言葉に救われた一人だそうです。

「私が学長になったのは、36歳のとき辞令を受けたのです。」

2代目の学長が亡くなり、
ノートルダム清心女子大学の学長に大抜擢された。

初代も2代目も学長は、
アメリカ人、70代の経験豊富な人立ちだった。

経験もないまま学長になってしまった渡辺さんだった!

「私はこの大学も出ていないし、
岡山の方たちにとって私が他所者だったと思うんですよね!

本当に一度はシスターを辞めようと思いました。
あまりにも辛かったから・・」

「こっちに来てから、風当たりも強かった」

と思いだすように語ったのです。

もともとこの大学を運営していたのは、
アメリカ人のシスター達。

次期学長を若い日本人に奪われた先輩シスター達は、
当然ながら、渡辺さんをよくは思わなかったそうです。

「やっぱり神様の道を行く人にも嫉妬とかはありますよね・・?」
と尋ねると先生は、

「あります。なかったら人間でないと思います。」

『初めての土地、思いがけない役職、未経験の事柄の連続、
それは私が当初考えていた修道生活とは、
あまりにもかけ離れていて私はいつの間にか

”くれない族”

になっていました。』

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「あいさつしてくれない」
こんなに苦労しているのに

「ねぎらってくれない」

「わかってくれない」

と淡々と語ったのです。

こんな先生には思い出深い場所があった。

大学と修道院の境界線の扉だった。

修道院と学校の境目だ!

「ここまでは学長として、ドアを開けた途端に、
一番低い立場の修道者のなった。

大学では先輩たちを頼れる学長でも、
修道院に戻れば立場は逆転し、一番下っ端の修道女
女だけの世界、でしかなかったのです。」

どんな仕打ちが待っていたかは容易に想像できる。

「このドアは思い出のところで、天国と地獄の境目でした。」

と辛かった過去を思い出すように語った。

辛い環境に耐えきれず

”大学を去ろう”

とまで思いつめた。

そんな時、私を救ったのは、
神父から渡された ”ある詩” だったのです。

そこに書かれていたのは、

”置かれたところで咲きなさい”

「置かれたところで咲くというのは、
 仕方がないと諦めることではなく、

 自分が笑顔で幸せに生き周囲の人を
 幸せにすることによって、
 神があなたをここに植えたことが
 間違えではなかったと証明するのです。」

「これを読ませて頂いた時に、

”私にとって岡山が居場所なんだ”と・・」

「神父さんが悩んでいることを分かって
紙(詩)を渡してくださったんですか?」

の問いに

「だと思います。」

『置かれた場に不平不満を持ち、
 他人の出力で幸せになったり不幸になったりしては、
 私は環境の奴隷でしかない。

 人間として生まれたからには、どんな所に置かれても、
 そこで環境の主人となり自分の花を咲かせようと、
 決心することができました。

 それは

 ”私が変わる”

 ことのみによって可能でした。』

とお心の変化と、決心について述べた。

以来彼女は、積極的に自分からあいさつをするようにした。
すると、不思議なことに周囲が変わっていったという!>

『結婚しても就職しても、子育てしても、

”こんなはずじゃなかった”

と思うことが次から次に出てきます。
そんな時にも、その状況の中で

”咲く”努力をしてほしいのです。

どうしても咲けない時もあります。
雨風の強いとき、日照り続きで咲けない日、
そんな時には無理に割かなくてもいい。

その代わりに、根を下へ下へと降ろして、
根を張るのです。

次に咲く花が、より大きく、
美しいものとなるために。』

と諭したのです。

そして、

【どんな所に置かれても
 花を咲かせる心を持ち続けよう!】

と結んだのでした。

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