阿川佐和子 結婚相手は元大学教授・曽根泰教氏!独占手記“時空を超えた結婚”【画像】

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土曜日の朝は「サワコの朝」で爽やかなトーク番組で人気を誇る

阿川佐和子さんに結婚相手がいたのです!

阿川佐和子さんが5月9日に結婚していたことが判明し、ニュースになっています。

阿川佐和子さんの結婚相手が気になりますが、

「週刊文春」の手記では、S氏となっておりますが、

噂では元大学教授の曽根泰教さんではと囁かれています。

エッセイストで番組ではゲストの話を引き出す阿川佐和子の魔術にかかり、

巧みな話術を繰り広げていましたが結婚相手がいたとは驚きです。

画像などあるのか調べてみました。

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阿川佐和子のwiki風プロフ

◆ 名前:阿川佐和子(あがわさわこ)

◆ 生年月日:1953年11月1日(63歳)

◆ 出身地:東京都

◆ 学歴:慶應義塾大学文学部西洋史学科卒業

◆ 職業:エッセイスト、タレント

◆ 家族:祖父:阿川甲一父:阿川弘之兄:阿川尚之

経 歴

作家阿川弘之さんの長女として東京都に生まれております。

1981年(昭和56年)、『朝のホットライン』でリポーターを務めたことを皮切りに、

1983年(昭和58年)より報道番組『情報デスクToday』のアシスタントを、

1989年(平成元年)からは『筑紫哲也 NEWS23』のキャスターを務めた。

1992年(平成4年)米国ワシントンへ渡り、帰国後『報道特集』のキャスターとなったのですね。

報道キャスターとして硬派な報道番組に出演し続けていたが、

1998年(平成10年)、討論型バラエティー番組『ビートたけしのTVタックル』で進行役を務めました。

ビートたけし、大竹まことという強烈な個性を持つ共演者によって、

バラエティタレントとしての才能も引き出されるようになり、

以降、バラエティ番組に出演する機会が増え、活躍しております。

2015年(平成27年)3月15日には、博物館明治村の4代目村長に就任し、

初の女性村長となっております。

受賞歴

1999年:講談社エッセイ賞(『ああ言えばこう食う』)

1999年:坪田譲治文学賞(『ウメ子』)

2008年:島清恋愛文学賞(『婚約のあとで』)

2014年(平成26年) – 菊池寛賞を受賞。

テレビ放送中

◆ ビートたけしのTVタックル(テレビ朝日、1998年2月 – ) – 進行レギュラー

◆ 阿川佐和子のゴルフフォーラム(BSフジ、 – 2009年10月)

◆ 阿川ごはん(BSフジ、2009年11月7日 – )

◆ サワコの朝(MBS・TBS、2011年10月1日 – ) – 聞き手

◆ ビートたけしの知らないニュース(テレビ朝日、2013年12月9日 – )※不定期特番 - 進行

◆ お坊さんバラエティ ぶっちゃけ寺(テレビ朝日、2016年10月3日 – )- レギュラー

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曽根奏教さんのプロフィール

◆ 名前:曽根泰教(そねやすのり)

◆ 生年月日:1948年1月11日(69歳)

◆ 学歴:神奈川県立厚木高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科卒業
同大学大学院法学研究科修士課程及び同博士課程修了。

◆ 職務:政治学者・慶應義塾大学 大学大学院政策・メディア研究科教授
専門   政治学、政策分析論

経 歴

◆ 慶應義塾大学法学部教授、同大総合政策学部教授を経て、
同大学大学院政策・メディア研究科教授。

<この間の職歴>

◆ イェール大学政治学部客員研究員

◆ オーストラリア国立大学客員研究員

◆ エセックス大学政治学部客員教授

◆ ハーバード大学国際問題研究所客員研究員

◆ 新しい日本をつくる国民会議主査

◆ 慶應義塾大学DP研究センター長

◆ 「エネルギー・環境の選択肢に関する討論型世論調査」実行委員会委員長

◆ 公益財団法人日本国際フォーラム政策委員

◆ ジェイムズ・フィシュキンさんらとともに討論型世論調査を提唱

略奪婚??

元大学教授である曽根泰教さんですが、家族もあったそうですが、

よくある大人の話ですが、

「だんだんと生活のリズムがあわなくなってきた」という理由で離婚されています。

当然、阿川さんとは、何の関係もなくただの知人だったのですが、

“深層心理”は知る由もありません?

阿川佐和子さんと曽根泰教さんとの出会いは30年前に遡ります

阿川さんが28歳の時だそうです。

友人から、「知り合いの大学の先生に家で新年会があるから行かない?」

と誘われてなんとなく伺った時だったそうです。

「思いのほか楽しかった」と述懐しております。

その後は、織物展示会にお招きしたり、友人たちとお食事会をしており、

しばらくして、彼から誘いがあり、二人で初めて食事をしたそうです。

その後も連絡は続き、阿川さんの原稿のチェックなどで交際は続いたのです。

周囲の環境に押されて、結婚へと動いたのであり、略奪はさらさらないようです。

結婚の公表は?

奥さんとの離婚後は、二人で歩いているところを目撃されたりしておりましたが、

大きな話題にはなっていなかったのです。

面白いことに、フジテレビの『バイキング』でこの話題が出て、梅沢冨美男さんに

「まあ、時空を追えた愛だな」

と言われて大変うれしかったと言っております。

「梅沢さんに足を向けて寝られません!」

とまで言っているのです。

さらに面白いことに、占い師の中園ミホさんにこの話を伝えたら、

「五月がいい!」

と言われて、

「それなら阿川家の姉弟に挨拶しておかないといけないね」

となって、話は急速に進んだそうです。

結婚披露宴は?

友人からは、「結婚するの?」と問われますが、

「いくらなんでも69歳と63歳のカップルで、歩廊円とか結婚パーティの予定は一切ありません!」

「『へえ、そうかい』と苦笑していただければ、それだけで私は十分幸せです!」

というのです。

「もし街中で、手と手を取って歩いている姿を見つけたとしても、

『よ、新婚め!』とからかわないでくださいませ。

手を繋いでいるのは、時空を超えた愛ゆえ、

すなわち、互いに転ばないためなのですから・・・」

と締めくくるのでした。

まとめ

週刊文春には、“長い手記“が掲載されております。

30数年間の移り変わりが、よく分かります。

ただ、曽根泰教さんは、大変寛容な方で、どんなに待たせても、

怒ることはなく待っているそうなのです。

このことは、阿川さんを“将来の伴侶にしたい”と心の底では、

かなり前から秘かに抱いていたような気がします。

“時空を超えた愛”の表現がピッタリと思います。

“お互い転ばないように”しっかりと手を繋ぎ、

余生を幸せに送られることを祈っております。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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