小倉由美の経歴と現在について調べた!旦那や子供は?北斗晶とは?

こんにちは!今日もご訪問いただきありがとうございます。

5月19日の爆報!THEフライデーには、

禁断の技で北斗晶の首の骨を折ったと言う恐ろしい女子プロレスラーの小倉さんが

出演すると予告がありました!

何十年ぶりに会い、どんな会話になるのでしょうか?

小倉由美は、小柄ながら優勝も数々獲得し、

プロレス界のアイドルとも言われた美人です。

北斗晶さんもガンを克服し、元気で笑顔を届けております。

あの細い目がますます細くして、小倉由美さんと対面されることでしょう

早速、迫ってみました。

ラブカってどんな魚か?“幻の古代サメ”の生態と画像【ザ!鉄腕!DASH!!】の記事はコチラ

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小倉由美のwiki風プロフ

◆ 名前:小倉由美(おぐらゆみ)

◆ ニックネーム:ゴンゴン

◆ 生年月日:1967年9月2日(49歳)

◆ 身長:160㎝

◆ 体重:68kg

◆ 職業:女子プロレスラー

◆ 活動期間:1983年~1990年

◆ 家族:夫、お子さん?人

◆ 所属・事務所:

経 歴

プロレスのデビューは、1983年だったそうで、16歳になりますね!

ニックネームが、『ゴンゴン』と言いますから、どこからこんなあだ名になったのでしょうね!

レスラーとしては、小柄な方だったようですが、健気に戦う姿がファンに愛されたそうです。

日本プロレス界のアイドルだったのですね!

入門して間もなお頃に、TBS系連続ドラマ「輝きたいの」にレギュラー出演したそうです。

元WWWA世界タッグ王者で、タッグ主体に戦っていたのですね!

永堀一恵や小松美加とタッグを組んで戦ったのですね!

第8代全日本選手権、初代・第3代全日本タッグ選手権も保持しているのです。

後輩の面倒見がよく、好かれていたようで、アジャ・コングや下田美馬らを可愛がったそうです。

1987年に行われたタッグ戦で、当時急激に成長していた北斗晶さんと闘い、

ツームストン・パイルドライバーという技をかけて首の骨を折ってしまうんです。

北斗晶さんは、その強さがハンパなくて、周りからかなりの期待を背負っていたんです。

後楽園ホールにて同期生ブル中野と引退試合(5分エキシビジョン)を行う。

試合は5分ジャスト、ジャーマン・スープレックスで小倉のフォール勝ちします。

クラッシュの2人や同期らも駆けつけた試合後の引退セレモニーでは

かつて重傷を負わせた北斗晶やアジャ・コングが涙を流しながら花束を贈呈していたのです。

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結婚や家族は?

北斗さんに重傷を負わせたことで、小倉さんに対するバッシングが凄かったようで、

しだいに精彩を欠くようになり、23歳で引退されたのです。

その後、婚約していた彼に婚約破棄され鵜という試練にあってしまったのです。

それも、厳しいことに引退セレモニーの直前と言いますから、元彼も“酷”なことをするものですね!

会長の取り計らいで、1991年3月18日 後楽園ホールで覆面レスラー

「ハイパーキャット」として復帰、約1年間活動したのです

1994年の全女東京ドーム大会、1998年8月「メモリアル・オールスター戦~

あの時、君は強かった!!」(ハイパー・キャットとして)、

2003年の全女35周年記念大会で一日限定復活を行っているのです。

その後はバイト先で知り合った男性と35歳の時に結婚し、

3人の子どもにも恵まれ、今では天ぷら屋の女将として奮闘しているそうです!

天ぷら屋天冨久という店だそうです。

住所:東京都大田区大森北1-26-2

電話番号:03-3766-1029

ですので興味のある方はぜひ行ってあげてください。

お子さんは、長女が中学1年生で長男は小学6年生、

そして次女は小学4年生なのだそうです!

これ以外の情報はありませんでした。

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30年ぶりの因縁再会で語った秘密とは?

23歳で引退を余儀なくされた小倉由美(当時19歳)に

当時のことを聞くと

「嫉妬だった!危険だがあえたヤッタ!」(技は禁じ手のパイルドライバー)

と言ったのです。(1987年北斗の初の防衛戦でした)

先輩の小倉が前座にさせられたことへの恨みだったのです。

「今日だって凄い技を出してやる。それを思うと震えて来る」

と記者に宣言していたのです。

北斗は、頭蓋骨を2本のボルトで固定する”生死をさまよう重症”だったのです。

レスラーを続けられなくなり”引退”を強いられたのです。

小倉も”バッシング”を受け、プロレス恐怖症に陥り

引退せざるを得なかったのです。

30年たって

「私はもう逃げない!あの話をしないと終わらない!」

”ザ・爆報フライデー”で語ったことは、

「宇野ちゃんへ!

ずいぶん会っていませんね、あの試合から30年過ぎますが、

今回の子の再開、正直戸惑いました。

どんな顔で会えばいいのか?

だけど、全てを語る決意をして、今日ここに来ました。

入院時のボルトでベッドに繋がれている宇野ちゃんの姿は、

本当にショックで今でも鮮明に覚えています。

歳を追うごとに後遺症が出ていると思うけど、

日々の生活は大丈夫ですか?

あの時は、怪我をさせてしまって、本当にごめんね!

いまでも公開しています。

そのあと、芸能界で活躍している姿を遠くから応援していました。

そんなとき、”乳がん”と言うことを知り、

ずっとずっと心配していました。

また、つらくて長い闘病生活をしているかと思うと、

とても心が病みました。

でもあの事故から見事に復活した力があるのだから、

必ず病気に打ち勝ってくれると信じていました。

30年ぶりにあって伝えたかった言葉があります。

それは「ありがとう」

本当に元気になってくれてありがとう!!

宇野ちゃんは私達女子プロレスラーの誇りです。

宇野ちゃんが元気で頑張っていてくれるだけで、

私は嬉しいし、子らからも頑張れます。

だから、ずっと元気な姿をテレビで見続けられることを祈り続けています。

村口由美  」

と結んだのです。

その後、涙の抱擁でした。

まとめ

TVを見て付加します。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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