平野美宇最年少Vの裏に中澤鋭コーチの功績!日本人初の快挙に中国の反応は?

こんにちは!今日もご訪問いただきありがとうございます。

卓球女子の16歳、平野美宇(エリートアカデミー)が
国際卓球連盟(ITTF)による2016年の最も躍進した選手
「ブレークスルー・スター」に選ばれたのです。

女子ワールドカップ(W杯)で日本人初、史上最年少で
優勝を果たすなどの成績が高く評価されたのです。

8月のリオデジャネイロ五輪出場を逃した悔しさをバネに、
卓球王国・中国のスーパーリーグに参戦するなど
研鑽を続けた1年を「すごく良かった1年」と振り返る。

平野選手は、どちらかというと守備的なイメージがあったが、
中澤鋭コーチが攻撃的な卓球へのシフトチェンジを行った。

もともと鋭いバックハンドにくわえ、フィジカルトレーニングで
フォアハンドも鍛えたのです。

その結果が、卓球 アジア選手権▽女子シングルス準々決勝
平野美宇が金メダリスト・丁寧を破り、そのまま、準決勝、決勝と進み
優勝して、このことを証明したのです。

どのようにしてこんなに強くなったのか?

中澤鋭コーチの解説を吟味し迫ってみます。

平野美宇がかわいい!愛ちゃんのように泣き虫だった?全日本最年少優勝!の記事はコチラ

平野美宇がかわいいと評判!伊藤美誠との関係や両親・姉妹の影響は?の記事はコチラ

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平野 美宇のwiki風プロフ

◆ 名前:平野 美宇(ひらの みう)

◆ 生年月日:2000年4月14日(17歳)

◆ 出身地:静岡県沼津市

◆ 身長:158㎝

◆ 体重:45kg

◆ 学歴:大原学園高等学校在籍中

◆ 職業:卓球選手

◆ グリップ:シェークハンド

◆ 家族:両親、兄弟(姉妹)

◆ 所属:JOCエリートアカデミー・大原学園

本名の「美宇」はスペースシャトル・エンデバーの打ち上げが
成功したことに感動した両親が「美しい宇宙」から命名したそうです。

3歳5カ月で卓球を始め母が指導する
「平野英才教育研究センター卓球研究部」
や小学5年生まで過ごした祖父の自宅の2階にも卓球台を置き
腕を磨いたそうです。

かつての福原愛のように、幼い頃から卓球が上手く、
負けそうになると泣いて悔しがったので、マスコミから
「第2の愛ちゃん」と呼ばれ一躍有名になった。

2007年の全日本卓球選手権大会バンビの部では福原愛以来
史上2人目の小学校1年生の優勝者になった。

両親ともに元筑波大学卓球部主将、元教師の母親は
全国教職員卓球大会ベスト8に入ったこともある実績の持ち主です。

また内科医の父親は筑波大学時代に全日本選手権2回戦に進出、
次女、世和(せわ)も卓球選手をしております。

祖父の平野光昭は山梨大学名誉教授の数学者で山梨医科大学卓球部の
顧問をしていた、2016年春には瑞宝中綬章を受章している。

これでもかと“卓球”家系なのですね!

2015年9月、世界ランキングで17位となり、
石川佳純、福原愛、伊藤美誠に次いで日本人4番目であったため

リオデジャネイロオリンピック女子団体戦代表から
惜しくも落選し団体戦のリザーブとなった!

この悔しさは、彼女の意識を変えたとも言われえおります。

2015年・10月、コーチが新たに中澤鋭を迎えました。

このことが今回の躍進の原動力になったのです。

2016年度の全日本卓球選手権一般の部女子シングルスでは
2年連続で決勝に進出し、3連覇中の石川佳純を4-2で下し
史上最年少の16歳9か月での優勝したのです。

2017年4月のアジア選手権で団体で決勝まで1ゲームも落とさず
決勝に進出、決勝では劉詩雯(中国)に敗れて準優勝となった。

そして女子シングルス自身の誕生日でもあった4月14日の準々決勝で
世界ランク1位の丁寧(同)をフルゲームの末に破り、

準決勝では2位の朱雨玲(同)を下して決勝に進出、

決勝では5位の陳夢(中国語版)(同)と対戦、3-0(11-9、11-8、11-7)のストレートで勝利し、

日本チームの選手として1996年の小山ちれ以来21年ぶりとなる
アジア制覇を果たし、世界を驚かせたのです。

(出典:ウイキペデイア)

中澤 鋭のwiki風プロフ

◆ 名前:中澤 鋭(なかざわ るい)

◆ 生年月日:?年?月?日(?歳)

◆ 出身地:中国

(情報が少ないです。)

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中国卓球の秘密

【卓球王国】という雑誌に(株にURLしめした)中国卓球の
強さの秘密が詳しく掲載されております。

平野選手の強さは、ここに“源”があるようですので、
箇条書きに要点を示します。

◆ 1【スピード】:

前陣速攻という思想・とにかく速い打球点で打つという基本思想は変わっていない。

スピードという言葉には、ピッチ、いわゆる打球点の「速さ」とボール自体の「速さ」、
そして戦術の切り替えの「速さ」という三つの意味が含まれている。

◆ 2【落点】:

中国卓球にはコースという概念がない。
あるのは「どこの場所に打つのか」という「落点(らくてん)」の意識だ。

重要なのは、どんなフォームで打つのかということよりも、
どの落点にどんなボールを打ち込むのかということだ

(日本の常識と全く違うようです。)

◆ 3【弧線】:

「弧線を作れ」と言われる。「弧線」とは、文字通り、弧を描くようなボールの飛行曲線のことだ。

中国卓球は速攻というイメージがあるが、実は常に打球、打法、戦術に「安定」を求めている。

プレースタイルに関係なく、中国選手のすべての打球は弧線によって成り立っている。

スマッシュを打つ場合でも、ただフラットに打つだけでなく、
インパクトの瞬間に回転を与え、弧線を描くように打球することが重要だ。

◆ 4【フットワーク】:

日本選手は「前後のフットワークが弱点」

中国選手の驚異的なフットワークは、前後左右に動く全面的な強さを徹底的に鍛えているからできるものなのですね。

◆ 5【百花斉放】:

個人の個性を重んじる。

日本が卓球をお家芸としていた時代があり、中国はそんな卓球王国日本を
徹底的に研究し、様々なことを学びながら追い駆けていた。

<参考>
『世界最強 中国卓球の秘密』 監修:偉関晴光 その1

『世界最強 中国卓球の秘密』 監修:偉関晴光 その1

『世界最強 中国卓球の秘密』 監修:偉関晴光 その2

『世界最強 中国卓球の秘密』 監修:偉関晴光 その2

中澤鋭の指導方法は?

大きくは、

① ライバル(伊藤美誠)がいたこと

② コーチが新たに中澤鋭を迎えたこと。

③ 中國の卓球・中国スーパーリーグ参加。

④ 勿論、両親などの環境が良かった。

などがあげられますが、ここでは、基本スキル面に絞てみました。

◆ 【フォアのスイングを修正】

平野選手はラリーのスピードが速くなると手打ちになり、上下動をする癖があったという。

そのため、フォアハンドで強いボールが打てなかった。

そこで中澤さんは、フォアのスイングを修正したという。

◆【重心を低くさせることです。】

 

まず徹底させたのは、重心を低くさせることです。

そして体の軸を意識させて、打球時に体が伸び上がらないようにしました。

軸がズレて1球ずつ伸び上がってしまうと、連続して強いボールを打つことができない。

美宇は連続でフォア強打が2~3回くらいしか打てなかったが、それ以上打てるようにしていきました。

・また、重心を低くすることにより、左右に振られた時に体が外に流れずに、踏ん張ることができます。

常に重心を低くして足と腰にパワーをためていれば、いつでも攻めることができるのです。

◆ 【実は腰のひねりを大きくしました。】

一見するとスイングが大きくなったように見えますが、実は腰のひねりを大きくしました。

右足でタメを作った時に腰を大きくひねっています。

そして左足に体重移動し、腰を連動させます。

上半身はあまり力を入れずに、下半身の動きについてくるようにするのです。

足と腰を使い、最後に腕がついてくる。

見た目は同時に見えますが、打っている本人の感覚は上半身の動きが
少し遅れてついてくる。

その感覚を意識して打てば腰の力が腕に伝わります。

理想は足と腰を使って打ち、足と腰を使って戻るのです。

体の太い部分の力を使い、腕に伝えないと強いボールは打てません。

これを意識することで、スイングも柔らかくなっていきます。

◆ 【スイングの止め方】

腕で止めないで足と腰で止める!

◆ 【戻り(次球への備え)」に生かすコツ】

全力で打った後、そのパワーを「戻り(次球への備え)」に生かすコツ

◆ 【バックハンドのポイント】

「スムーズな両ハンドで連続で攻めるスタイル」の秘密

等々、見た目ではわからない内面的訓練と鍛錬があったのですね!

気持ちを切り替えられたのは、コーチが変わったことが大きいと平野は言う。

昨年10月、前任の劉潔(リュウ・ジェ)コーチに代わり、
元中国の選手で日本ではミキハウスで石川佳純らを指導していた
中澤鋭(なかざわ・るい)コーチが平野を担当。

まだ20代と若く情熱あふれる劉コーチとは姉妹のように息の合った
コンビで成長を遂げてきたが、指導者として実績のある中澤コーチは
平野に足りないパワーを身につけさせる指導に力を入れている。

とりわけ平野の武器であるフォアハンドは、体からラケット、
そしてボールへと効率よく力が伝わるようフォーム改善に取り組んでいるのだ。

「変えたのは体の使い方。腕だけじゃなく、下半身を使って打つこと」

を意識しています。

「ただ本当にフォームを変えられるのか、前の自分より弱くなったらどうしよう、
そう思うと不安でした」

と平野選手は言うのです。

しかし、全日本選手権で成果の一端が表れ、シングルス準決勝で伊藤に
ストレート勝ち、決勝でも石川佳純相手に強打を放って見せ場をつくり、
史上最年少となる15歳で準優勝を果たした。

その記録もさることながら、課題にしてきたフォアハンドの強化が
結果につながったことで平野選手は、

「ほっとしています。ここまで調子を上げられてよかった。
頑張ってよかったです」

と自信を取り戻しているのです。

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美宇・美誠が交わす、4年後の約束


美宇・美誠は、幼き頃からの代の親友であり、ライバルなのです。

切磋琢磨し、勝っても負けても笑顔で、お互いを讃え合いながら握手する姿は

国民に与える印象は素晴らしいものがあります。

リオデジャネイロを経由して東京五輪へ向かう伊藤選手、4年後の東京五輪に照準を合わせる平野選手!

それぞれ別のルートで2020年をめざすズバ抜けた才能は、
大人たちが目を向けがちな国内の勢力争いではなく、
常に世界を見据えているのです。

めざすは「打倒、中国」。

世界ナンバーワンに君臨する絶対王者を超えることなのです。

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中国の反応は?

ここで中国が、脱帽したというニュースが入ってきましたが、

そうは単純ではなかったようです。

2017年4月16日、新華社は、卓球アジア選手権の女子シングルスで
優勝した日本の平野美宇について、「中国パワー」の支えがあったと伝えているのです。

その通りで、優勝したとはいえ、中国の背中を追っかけているのです。

平野は今大会の女子シングルスで、

丁寧(ディン・ニン)、
朱雨玲(ジュー・ユーリン)、
陳夢(チェン・モン)

と中国人選手を次々と破り優勝した。

記事はJOCエリートアカデミー監督で、現在は平野のコーチを務めている
中澤鋭(旧名:王鋭)氏にその「秘密」を聞いたとしている。

同氏は石川佳純を6年間にわたって指導した経歴を持つ人物です。

2015年から平野に帯同している中澤氏は、平野のプレースタイルを
穏やかさの中に攻撃性を持つスタイルへと改めたという。

平野は驚異的な飲み込みの良さを見せ、わずか1年で大きく進歩したとのことだ。

中澤氏は日本選手の台頭に中国の存在は欠かせなかったと認識しており、

「ここ数年、中国は若いコーチをたくさん日本に派遣し、
日本の進歩を支援した。
平野は昨年中国スーパーリーグに参加して超一流選手と対戦し、
技術も戦術も向上した。今後も引き続き参加したいが、
中国卓球界はきっと受け入れてくれるだろう」

と語っている。

かつては、日本学級王国で、中国に何年も指導してきた経過があります。
同じ現象が起きようとしております。

たった一人が、勝つことが出来ても中国の実力は、まだまだ底が深いことは、
十分わかっております。

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まとめ

中國に追いついてみると、“どうして今までできなかったのか?”

と思ってしまいますが、そう簡単ではないのが、この世界なのです。

しかし、

「過去は実績があった!自分たちもできる!」

と確信を持てたのも事実です。

これを契機に、日本の卓球が、

甦る(あえてこう表現します)ことを期待いたしましょう!

最後までお読みいただきありがとうございます。

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