フランソワ・ポンポン(彫刻家)の「シロクマ」がカワイイと評判! 経歴と作品を紹介!

こんにちは!今日もご訪問いただきありがとうございます。

これまで、美しい彫刻を多く見てきましたが、

この度の「フランソワ・ポンポン」の彫刻は、

これまでの印象を全部買えてしまうほどの感銘を受けました。

「美の巨人たち フランソワ・ポンポン『シロクマ』師匠ロダンとの意外な共通点とは?」

と題して、テレビ東京で、1月28日に放送されます。

それに先立ち、「フランソワ・ポンポンとは?」について調べました。

 

 

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フランソワ・ポンポンのwiki風プロフ

ポンポンー1-2

◆ 名前:フランソワ・ポンポン(François Pompon,)

◆ 生年月日:1855年5月9日(1933年・没77歳)

◆ 出身地:フランス・ブルゴーニュ

◆ 学歴:国立高等装飾美術学校

◆ 職業:彫刻家

父親は家具職人や仕立屋をしていた労働者階級であったそうで、どの程度の生活レベルかはわかりません。

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フランソワ・ポンポンの経歴は?

ポンポンー1-1

フランソワ・ポンポンは、フランス・ブルゴーニュの仕立て屋の家に生まれます。

ポンポンは首府のディジョンの墓石屋の大理石職人としてその彫刻家としての経歴をスタートさせたのです。

“墓石“がスタートですから、その単調さが、ベースにありそれが、”美“につながったのでしょうか?

仕事を続けながら、美術学校の夜間課程に通い彫刻の基礎を学んだのです。

すなわち、墓石との融合が図られていったのでしょうか?

1876年、21歳の頃に彫刻家を目指してパリへ出ております。

1879年、製作したコゼット(ヴィクトル・ユーゴーの小説レ・ミゼラブルの登場人物)の彫像がサロンで好評を得て、念願の彫刻家としてのデビューを果たす。

エジプト美術や日本美術に興味をもったポンポンは、そのシンプルながらも神聖さあふれるスタイルに感銘し、彫刻からリアリズムを廃し、単純化を試みるようになっていく。

単純化された独特なラインを持った彫刻は、まさにモダニズムの頂点でもある。

 

フランソワ・ポンポンの作品は?

 

(▲オルセー美術館)

彼の作品の魅力は何といっても豪快なマッス!

(マッスとは=彫刻においては、表現されたもの、特定の描写的意味を離れて
把握される物体のある一定の量を持ったかたまりをいう。)

特にパリ、オルセー美術館所蔵の白熊像の、重たそうな体を支える、
のしのしと力強くそれでいて可愛い足がゆうめいです。
ポンポンー1

シンプルなラインと、それでいて動物の肉体の重みを感じさせる、

“簡単な造形なのに、それが寧ろ逆にリアルを感じさせる”

 

と言う意味でまさしくモダニスム彫刻と呼べるものを作りだしたと言われております。

これは、エジプト美術や日本美術に興味をもったポンポンが、
そのシンプルながらも神聖さあふれるスタイルに感銘し、
彫刻からリアリズムを廃し、単純化を試みるようなったそうです。

出身地であるソーリューにポンポンの名を冠した美術館があり(ただし所蔵量は少ない)、
ディジョン美術館にはポンポンの彫刻だけを集めた一室があるのです。

日本では群馬県立館林美術館がそのコレクションで有名です。

群馬美術館

日本にもあったとは、知りませんでしたね!

主な作品

コゼットー1  「コゼット」(1879年,ヴィクトル・ユーゴー記念館蔵)

ポンポンー2 「フクロウ」(1918年)

ポンポンー1-0 「白熊」(1922年,オルセー美術館他)

ポンポンー7「ペリカン」(1929年)

 

まとめ

単純な中にも、何か神秘的なフン意味を醸し出している彫刻に感動しましたが、

そこに、日本の彫刻の聖心が組み込まれていたのは、驚きと感銘を受けました。

改めて、日本の伝統文化に敬意を表し、誇りに思います。

「コゼット」にも人間味を感じますが、「マリリン・モンロー」の作品は、

こんな美しい姿は見たことがありませんでした。

ポンポンー6

カラーの“モンロー”しか見ていない方々も同じではないでしょうか?

テレビでは、どのように紹介されるのでしょうか?

楽しみで、見逃せませんね!

最後までお読みいただきありがとうございます。

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